@akirenge
【本日の朝ご飯】
早朝、特務司書の少女は食堂の厨房にやってきていた。
昨晩は早めに寝てしまったため、今日の目覚めはとても早い。誰も起きていないだろうという時間帯、
静まりかえった食堂で彼女はお気に入りの刺しゅう入りの黒エプロンを着けた。
(今日は食堂が止まる日だし、ご飯のストックを作って一日中ごろ寝しよう)
食堂が止まる日というのはいつもご飯を作ってくれる食堂の料理長が居ない日だ。何日か設けてあり、その日が来れば自分や文豪達は外……帝國図書館の敷地外……に
食事に出るか、自分達で作るかである。一応、大量の白米だけを炊いておいておくのだが、これはすぐに空になってしまうようになった。
「司書殿。オハヨウゴザイマス。速いデスね」
「おはようございます。八雲さん。あたしは、早めに寝たので……」
まずは白米の準備をしようとしていたら、小泉八雲が司書に声をかけてきた。八雲は帰化したギリシャ生まれの異人だ。
本名はラフカディオ・ハーン、司書はと言うと彼の書いた耳なし法一は知っていた。呪文を書きそびれて耳を奪われた人だと言ったら、一応あってると周囲に言われた。
ギリシャ出身らしかったのでギリシャ語で挨拶してみたら日本語で良いとか言われた。
「だから、こんなに速く起きていたのデスか。ワタシも早めに寝ましたので。これから、朝ご飯ですか」
「大体の準備をしようかと。ついでだし、八雲さんの分も作りますよ」
「かたじけないデス!」
「何が良いですか。ギリシャ料理も多少は出来ますが」
八雲については好みはいまいち不明というか聞いたことが無い。人数が多ければある程度のラインで味を付けて後は各自の好みで変えて貰うスタイルを取っているが、
今居るのは司書と八雲だけだ。
リクエストを聞いてみる。誰かのリクエストを聞いて作らないと彼女の本来のスタイルに合わせれば、飲み物と甘いものになる。
「ギリシャ料理よりも司書殿の和食が良いデス」
「和食、なら鯖の味噌煮とかになりますが」
鯖の味噌煮は食堂の冷蔵庫にある材料で出来るし、鯖が食べたかったのだ。メニューを脳内で組み立てていく。
「構いマセン」
「時間がかかりますが、適当に座って待っていて下さい」
適当にと言ってしまったのは席が大量に空いているからだ。
そのまま司書は厨房にたどり着くとまずは白米の準備をする。昨日の夜に研いで置いて置いたステンレス製の深ざるに置いてある白米を両手で持つと
ガス釜の中に入れた。ガス釜は旅館の厨房とかにもあるものであり、大量のご飯が炊ける。人数が増えてきた文豪達には必須だ。
水を入れてスイッチを入れておいておく。
「鯖の味噌煮と……漬け物と味噌汁ぐらいかな」
メインは鯖の味噌煮で、味噌汁は具だくさんにしておいた。野菜も沢山あるし、作るのは四人分にしておく。置いておけば文豪の誰かが食べるだろうと見込んでだ。
冷蔵庫から骨付きの真さばを取り出し、他の材料も準備した。
料理長が知り合いから貰ったので明日良ければ調理しろと託されたものだ。遠慮無く使うことにする。
かなり大きめの鯖をプラスティック製のまな板に載せてから、処理のために鍋にお湯も沸かし始めつつ、包丁を握った。
「さばくー」
手際よく、真さばを解体。
ボウルに沸かしたお湯を入れると解体した鯖を入れて一混ぜしてから流水にさらして丁寧に洗った。汚れや血合いを落としていく。
真さばの臭みの原因をここで取っておくのだ。下処理した鯖をバットにのせてから、味噌やショウガの準備もする。
「美味しいものは食べて欲しいし……時間をかけよう」
鯖の味噌煮は時間を掛けることにした。短縮で作る方法もあるが今日は休日だし、八雲には美味しいものを食べて欲しい。
司書は朝ご飯の準備を続けた。
一時間以上が経過して、司書がお盆に朝ご飯を持ってきて食堂に戻ると食堂には八雲だけだった。他の文豪ももしかしたら来ると想っていたのだが来ていない。
茶碗に白米をよそい、鯖の味噌煮をメインに置いて、具だくさんの味噌汁も作る。八雲は文庫本を読んでいた。
「司書殿。待ってマシタ!」
「時間がかかってすみません。その本は……」
「鏡花サンの本デス。『文豪怪談傑作選』と言いマス!」
泉鏡花は幻想文学の大家と言われているが司書からすると超潔癖症の文豪というイメージが強い。八雲の席に朝食を並べて自分は反対側に置いた。
向かい合って座る。食器も並べて水も用意した。
「口に合うかは解りませんが」
「早速ですがいただきマス」
「いただきます」
鯖の味噌煮は長方形の皿の上に乗せて側には切った長ネギとショウガを置いた。
八雲は早速、鯖の味噌煮に箸を入れている。箸の使い方も上手いギリシャ人となっていたが自分もそこそこに箸は使えた。
細かく箸によって切り分けられた鯖の味噌煮を八雲が口の中に入れる。口に合うのか、気になった。
「コレが司書殿の味なのデスね」
「……そうですね。ベーシックな感じ?」
「とても美味しいデス。司書殿は和食も得意で」
「作っていたら慣れたというか。ある程度の料理は出来ます」
和食も洋食も中華も作ることが出来るし、レシピを見て新しい料理に挑戦することもある。本国の料理も出来た。
八雲は美味しそうに鯖の味噌煮を食べながら味噌汁も飲んでくれている。口に合ったようで良かったとほっ、としていたら、
「今度は洋食が食べたいデス」
「機会があったら」
「お昼がありマス」
「……お昼……」
お昼、と言われた。今は朝だが、数時間もあればお昼になり、夜になるだろうと時間が経つから当たり前だが、司書からすると不意打ちだった。
「司書殿は今日は何を」
「部屋でごろごろしていようかなとか」
「私もごろごろしマス! 司書室でデスよね!」
部屋というのは私室のことではある。司書室の奥の扉から自分の住居スペースに行けるのだ。朝食を食べながら今日の予定が変更された気がする。
休日をどう過ごすかは各々に委ねられているし、司書は気が向いたら出かけようとしていただけであり、本日はインドアで過ごすことにしていた。
「八雲さん、あたしと過ごしたいんですか」
「モチロン! 袖すり合うのも多生の縁デス!」
明るく笑顔で言われた。食事をしながらである。
「それなら……別に良いですが、食事、食べてからにしましょう。デザートは用意してませんが」
司書からすると最古参文豪である徳田秋声のように一緒に居ても余り干渉せずに互いに本を読んでいるとか干渉し合うことがあっても、
互いに意見交換をしたりとか、そういうものを想像していた。
食事を促すと八雲は食べ始めるし、司書も自分の作った鯖の味噌煮に自画自賛していた。中骨ありにしたので美味しくなっているし、臭みは消したし、
良いできばえだ。しばらく無言で食べていたが、八雲と司書はほぼ同時に食べ終わる。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったデス。ごちそうさま。司書殿は料理がとてもお上手デス」
「ありがとうございます。食器を片付けてきま……」
笑顔で八雲に言われて笑顔で応対し司書は自分の席から立ち上がると食器を盆に載せて片付けようとしたら、手が引き寄せられる。
八雲がいつの間にか自分の席から立っていた。彼は文豪の中でもとても背が高い部類に入る。
彼の腕の中に、司書は居て。
「いただきマス」
破顔している八雲に口づけされた。
片付けられていない皿を置き去りに八雲は舌先で司書の歯列を割り、彼女の口内に侵入する。味わうようにして口内を蹂躙してから舌を絡ませる。
十分に味わわれてから八雲が唇を離すと司書は八雲にもたれかかった。
「や、八雲、さん……」
「鯖の味噌煮、とても美味しかったデス。これからも毎日、ワタシのために食事を作って下サイ。……ワタシの気持ち、
日本では味噌汁を作って下さいと言うらしいデスね」
「バリエーションは少な……」
「――ワタシの気持ち、解って、言っていマス?」
耳元で囁かれる。
これはどう考えても、
「お昼ご飯で、まずは」
「それまでは一緒にいまショウ!」
保留を引き出したが保留になっていない気がする。司書の困惑の中、八雲はとびきりの笑顔を見せると司書に軽いキスをした。
【Fin】