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暁天の双星 掌編「助ける者」/「手紙」

阿波/泡野瑤子🌛テキレボ9 A-03/04
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2017-11-16 19:46:32

テキレボ6にて完売した暁天の双星コピー本セットの掌編集と同内容です。
「手紙」は本編読了後にお読みください。

こちらは掌編集のページです。ラフ画拾遺集はこちら→http://privatter.net/p/3097203

助ける者

 いつまでもいつまでも泣き声はキューアン邸に響いていた。
 事の発端は五日前、主人夫婦の大喧嘩だった。息子シシーバの教育方針を巡って意見が合わず、かねてより険悪だったキューアン夫妻はついに爆発した。妻のシドマは厳しい剣の稽古に耐えられず泣く息子を哀れに思い、夫のコーウェンに抗議した。だがコーウェンは、「シシーバは将来大将軍としてニアーダ軍を束ねる子だから厳しく育てるのは当然だ」と譲らなかった。挙句の果てに、「息子を産んだお前にもう用はないから一人で実家に帰れ」とまで怒鳴った。シドマは激昂し、「私だってこんなところに嫁に来たくなかった。子どもだっていらなかった」と離縁状を叩きつけ、本当に実家に帰ってしまった。
 当時七歳だったシシーバは、その一部始終を目の当たりにしていた。
 何しろ母に捨てられたのだから、泣くのは当然だろう。しかし、五日間も大声で泣き通す子はなかなかいないのではないか。お坊ちゃまのご機嫌を取ろうと、屋敷中の使用人たちがいろいろ手を尽くしてみても甲斐はなく、さすがにみなほとほと困り果てていた。
「シシーバ、いい加減泣くのをやめんか。男のくせに情けない」
 屋敷の主、東方大将軍コーウェン・バンクパット・キューアンが一人息子を叱り飛ばしていたのも二日目までだった。怒鳴るとシシーバは余計に泣いた。泣きつかれて寝て、起きてまた母がいないことを思い出して泣いて、剣の稽古や座学のときも、食事のときも泣いていた。
 もともとシドマは我が子の面倒など全く見ず、キューアン家の財を浪費して自分のヒオラを何着も仕立てさせるような女だった。いてもいなくても同じだとコーウェンは考えていたが、まさか息子がこれほど泣くとは。かつて智将として名を馳せたコーウェンの、唯一の失策といえるかもしれなかった。
 ソニハット王がコーウェンにご相談をなさったのは、ちょうどそんなときだった。偶然助けた、青い目の孤児のことだ。

***

 母上に捨てられてから七日目。
「君は、どうして泣いているの?」
 シシーバが布団から泣き腫らした目より上だけを出すと、そこには痩せこけた男の子がいた。
 真っ白だ、とまずシシーバは思った。髪も白っぽいし、肌もお粥みたいな白さだ。でもよく見ると瞳は青かった。こちらを見つめる表情は硬く、目つきも鋭い。
「だ……誰?」とシシーバが聞くと、「バライシュだ。さっきコーウェン様がそう言っただろう?」と聞き返された。怖くてまた涙が出た。ついさっき父上がシシーバの寝室にやって来て彼の紹介をしたのに、シシーバは布団をかぶっていたからあんまり聞こえていなかったのだ。
「今日から僕は、ネイルさんの息子としてここで暮らすことになった。よろしく」
 バライシュはもう一度、なぜ自分がここに来たのか説明した。顔は怖くても、使用人の息子なら怯える必要はない。シシーバは、ふくれっ面のままむくりと起き上がった。
「バライシュ……?」
「そう。ええと、君は、……シシーバだったよね?」
「ダラハット、だよ」シシーバはわざと眉をひそめてみせた。「この家で俺をシシーバと呼んでいいのは、もう父上だけだ」
 確かに、名門貴族の子であるシシーバを、孤児出身のバライシュが一の名ジムナで呼ぶのはとんでもない無礼ではあった。でもこれは単なる八つ当たりだ。母上を失った悲しみを、自分より立場の弱いバライシュにぶつけただけだ。
「ごめん……僕はまだ『礼儀』をあまり知らないんだ」 バライシュの青白い顔がさっと赤くなった。 「すぐに覚えるから、許してくれないか」
 ほんの少し意地悪してみただけのつもりだったのに、バライシュをひどく恐縮させてしまった。気の毒だったけれど、まだシシーバから謝れるほど大人ではなかった。「いいよ、別に」と偉そうに許してやるのが精いっぱいだった。
「でも、同じ人にいくつも名前があるなんて不思議だな」バライシュがつぶやく。「僕は十年間名無しだったけど、少しも困らなかった」
 シシーバは「嘘だ」と声を上げた。「名前が無かったら、どうやって呼べばいいの?」
 バライシュは筋の浮いた首を傾げた。
「青い目、とか」
「青い目の子が二人いたら、どうするの」
「僕以外にはいないよ」
「いるよ。西方人はみんな目が青いって、兵学の先生が言ってたもん」
 さいほうじん、という言葉が分かっていない様子のバライシュに、シシーバは「ずーっと西のほうに住んでいる人たちだよ」と言い直した。
「そうなのか」バライシュは頭を掻いた。「僕はずっと街で暮らしていたから、勉強なんてしたことがない。知らないことだらけだ。このお屋敷では、何もかもが初めてのことばかりで……」
 シシーバにとっても、バライシュは初めて見る「青い目」だった。人の顔をじろじろ見るのは失礼だ、と父上にはしつけられているが、好奇心を隠しきれずについまじまじと見てしまう。
 と、青い目と目が合った。
「涙が止まったな、ダラハット」
「あ」シシーバも言われて気づいた。バライシュのおかげで、いつの間にか悲しい気分を忘れていた。
「俺、本当は泣いちゃだめなんだ」
「どうして?」
「だって、俺は大将軍になる男だから……」
 バライシュがきょとんとしているので、シシーバは「この国を守る兵士の中で一番偉い人のことだよ」と付け加えた。それでも、バライシュはうーんと唸るばかりだった。
「僕にはよく分からないな。君は誰かが助けに来てくれるんだから、どんどん泣けばいいのに」
 そんなことを言う人は初めてだった。
 バライシュはどうなのだろう。泣かないのだろうか。親も家もなかった彼を、助けに来てくれる人はいたのだろうか。幼いシシーバでも、その答えはなんとなく察せられた。
「ダラハット、僕はコーウェン様にご恩がある。だから、君が泣いているときはきっと助けるよ」
 バライシュがぎこちなく頬を緩めた。怖いと思っていた顔が、ほどけるように優しくなった。
 シシーバはようやく布団から這い出て、バライシュの手を握った。
「俺と一緒に来て」
 バライシュの背はシシーバより高かったけれど、掴んだ掌は骨と皮ばかりで折れそうに細かった。
「これ、シシーバ。静かに歩かんか」
 書斎で書き物をしていた父上が、ばたばたと足音を立てて入ってきた息子を見もせずにたしなめる。
「父上、お願いがあります!」
「何だ。シドマなら戻らんぞ」
「母上のことではありません」
 その声を聞いて、父上はもうシシーバが泣いていないことにようやく気づいたらしかった。
「バライシュに、私のことをシシーバと呼ばせたいです」
 父上がじろりとシシーバを睨んだ。
「よく考えて言っているのか? お前を一の名で呼ばせるということは、孤児上がりのバライシュを兄弟として扱うということだ。ほかの使用人が、バライシュを悪く思うかもしれんぞ?」
「私がいいと言ってるんです。文句がある人には、この家から出て行ってもらいます!」
 まだ薄い眉を一生懸命吊り上げて、シシーバは叫ぶ。何日も泣いていた七歳の幼子は、いま両足を踏ん張って立ち、自分の望みを厳格な父親に認めさせようとしていた。
「お前はどう思う」父上はバライシュに水を向けた。「シシーバの兄代わりになるなら、お前にも一緒に剣術や学問の指導を受けてもらう。決して楽ではないぞ」
 それまでぽかんと口を開けて父子のやり取りを見つめていたバライシュは、少し間をおいて「はい」と答えた。
「僕もたくさんのことを学んで、陛下やこの家の役に立ちたいです」
「よくぞ言った。もとよりお前をネイルの子としたのは形だけのこと。バライシュよ、私もお前をキューアン家の子として扱う」
 シシーバは両手を上げて喜んだ。
「バライシュ。これから、シシーバをよろしく頼むぞ」
「は……はい! ありがとうございます!」
 バライシュの青い目が輝いた。晴れた日の空みたいな色だ、とシシーバは思った。(了)


※次ページ「手紙」はネタバレです。
本編読了後に読んでいただくことをおすすめします。



手紙


ニアーダ王立大学歴史学部教授
ターミ・ポアット様

 匿名でこのようなお手紙をお送りする失礼をお許しください。
 貴著『暁天の双星』を拝読しまして、思うところがありましたのでペンを執りました。
 まず、わが国の画一的な歴史観に一石を投じた貴女の勇気に敬服いたしました。学会は騒然となり、多くの歴史学者からの批判を受けたことと思います。
 貴女が『暁天の双星』刊行とともに全文を公開したジュディミス・ニアーダの手記を、歴史学者達が挙って検証しました。その結果、どの史料と照らし合わせても矛盾がないことが分かりました。また彼の影武者が女性であったというのも、つい先日その墓に残る遺骨をDNA鑑定した結果と一致しています。これはジュディミス王子本人か、彼にかなり近しい人物しか知り得なかった事実です。貴女の小説に書かれていることは、概ね事実だろうと私も思います。
 ただ私がいささか疑問に感じましたのは、貴女のアテュイス王に対する評価です。作中では、彼がとても冷酷な人物で、しかもニアーダの凋落(ちょうらく)を招いた暗君として描写されているように思いました。しかし私の見解では、アテュイス王の政策と、ニアーダがユーゴーの従属国になったこととの間にさしたる因果関係はありません。ソニハット王の時代より、ユーゴー帝国はニアーダとの国境を脅かし、諸外国への侵攻を繰り返していました。たとえバライシュの乱がなくとも、遅かれ早かれニアーダも本格的な攻撃を受けていたでしょう。
 確かに、アテュイス王は幼少の頃より外国人を嫌っていたとする証言はいくつも見られます。シシーバも父に宛てた手紙の中で、「アテュイス様はキョウ族の少年を無慈悲に射殺なさった」と書いています。しかしアテュイス王が西方の軍備増強に努めたのは、彼の強い排外思想のためというよりも、ユーゴーから祖国を守るためであったはずです。
 同じく五〇六年のキョウ族討伐も、当時摂政だったアテュイス王には嫌いな外敵を打ち払う以外の狙いがあったはずです。キョウ族が荒らしていたのはニアーダ領だけではありません。キンドウ国内の村々もまた、法に従わぬ騎馬民族に度々襲撃を受けていました。彼らはキンドウにとっても厄介者だったのです。
 アテュイスは摂政に就任してすぐ、ユーゴーの侵攻に備えてキンドウと同盟を結んでいます。キョウ族討伐は、キンドウに友誼を示す意味合いが強かったのではないでしょうか。
 もう一つ、第五章にある、アテュイス王が諫言した忠臣に「あらぬ疑い」をかけて処刑したという記述にも疑問が残ります。王城内では文官武官を問わず、賄賂をはじめとした種々の背任行為が横行していました。ソニハット王の腹心だったコーウェン・キューアンでさえ、北方大将軍エイカーンや西方大将軍ナンシーンとの裏取引に応じていたように、ほとんどの官僚たちが多かれ少なかれ悪事に手を染めていたのです。処刑された臣たちが全員無実だったかは、実に疑わしいところです。
 また、シャーニン教寺院の増長はニアーダの建国直後から問題視されていたことはご存知でしょう。僧侶たちは国教の権威を笠に着て、やりたい放題だったのです。ときには政治に干渉し、王以上に権力を持つこともありました。浮浪者への施しを禁じた五一〇年の摂政令はただの名目で、真の目的はシャーニン教の勢力を削ぐことだったのではないでしょうか。
 もちろん、西方の軍備増強のために重税を課し、結果的に多くの民を貧窮させたこと、憲兵隊の反発を招きバライシュの乱のきっかけになり、ひいてはユーゴー帝国につけ入られる隙を与えてしまったことは、アテュイス王の重大な失敗と言わざるを得ません。しかしながら、彼は幼稚な好悪感情のために、国運を傾けたわけではないと私は考えます。
 これらの事実を、膨大な史料を参照されたはずの貴女がことごとく書き落としているのは不思議です。小説として脚色するためにあえて書かなかったのでしょうか、それともシシーバやバライシュ、「先生」の先祖であるセンリに肩入れするあまりに見過ごしてしまったのでしょうか。公平な眼差しで歴史を見つめることの難しさを思います。
 初めに申し上げましたように、貴女の小説はわが国にとってたいへん意義深いものです。きっと貴女の「先生」は、ニアーダのどこかで貴著を手に取り、大成した貴女のことを誇らしく思っていることでしょう。けれども、そんな人のことは早くお忘れになるべきです。いまや貴女は立派な歴史学者なのですから、瞳の曇りは拭い去らねばなりません。
 かく言う私も、アテュイス王に肩入れし過ぎている自覚はあります。ジュディミスよりも、私は彼に興味を惹かれるのです。かつては王位継承者として厳しく育てられながら、十歳の時にジュディミス王子が生まれたとき、彼は何を感じたでしょうか。自分にすり寄って来た大人たちが潮が引くように去っていくさまを、どんな気持ちで見つめていたでしょうか。そうかと思えば突然ジュディミス王子が亡くなり、二十二歳の若さで病弱な父親に代わって政治を一手に引き受けねばならなくなったとき、葬列の先頭で「蒼白で険しい顔」をして何を考えていたのでしょうか。そして、実はジュディミス王子が生きていて、父のホルタ王が彼に王位を譲ると知ったときは……。
 つい長々と書いてしまいました。いくら貴女でも、ここまで読むのはなかなか骨が折れることだったでしょう。この手紙をわざわざコーク文字で書きましたのは、万一誰かに読まれたときに備えてのことです。コーク文字を使いこなせる人間は、学者でもかなり限られていますので。
 立派になりましたね、ターミ。
 今後も貴女がますます活躍されることを、私はこの国のどこかで命ある限り祈っています。(了)

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阿波/泡野瑤子🌛テキレボ9 A-03/04 @awareview2
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