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陰翳

全体公開 ムゲンWARS 7734文字
2017-12-15 01:39:08

会議後編(http://privatter.net/p/2946580)より続く本編。暖かくて明るい場所が、誰かにとって、いつも素晴らしいところであるとは限らない。

Posted by @san_ph7

「穴の空いた風船がどうなるか分かりますか?」
 薄暗い地下の空間に声が響いた。その問いかけは、まるで聞き分けのない子供に教え諭すような物言いだった。声はいつも通り軽薄で、聞いている彼からすれば馬鹿にされているのではないかと思わずにいられなかった。だが、今は処置中だ。身動きは取れない。彼は抗議を諦めて、ため息をつくとこう答えた。
「膨らんだりするわけがない」
「ええ、そうですよ。普通は萎むのです」
 以前も申し上げましたが、と男は手を動かしながら続ける。簡易の封印をかけ諸用を済ませた後、以前よりも強力に左目を封じるため、彼は再びこの魔術師の手を借りることになった。
「陛下の左目は能力を発動する度に、必要以上の魔力を呪いによって強制的に引き出されています。大量に吐き出された魔力は元の貴方の魔力とは性質の異なるものです」
彼はぼんやりと思い出す。封印を解いてしまったとき、周囲の草木がたちまちに生気を失ったこと。あれは魔力汚染だったのだろう。
「陛下は分からないでしょうが……これは所謂拒否反応なのでしょうね」
「何のこと?」
「この世界でもそうですが、血液にはタイプが存在するんですよ。タイプが存在するということは、相性もある。例えば人間の臓器を移植する際に、タイプの違うもの同士を接合したとき、そうした反応が出るのです。人間の身体は優秀なお馬鹿さんなので、自分の身体と違うもの、異物を発見するとですね……今度は身体を守るためにそれを攻撃してしまうのです」
 貴方のもそれですね、と男は愉快そうに述べる。
「私は魔力にも血液と同様にタイプがあると考えています。この城を貴方の世界に繋ぎ止めておけるのは、”ご友人”と魔力の性質が似通っていたせいなのでしょうね」
……
「同じとは言ってませんよ」
男は続ける。
「ですから、呪いの正体とはそういうことです。一種の汚染とも言えます。貴方の魔力の性質をまるきり変えてしまうことで、拒否反応を引き起こしているのですね。魔力が変質する。異物を吐き出そうと魂が拒絶する。結果、魔力を大量に排出する」
……そして無尽蔵ではない魔力はやがて枯渇する」
ですから、穴の空いた風船だと申し上げました、と言いながら男は細い針を指で摘み上げた。緑色の光が先端からぽたりと零れ落ちる。男は針を慎重に彼の瞼へ刺し入れた。皮膚のごく浅いところを傷つけ、色を沈着させる。
 彼の顔左半分、特に目の周りを中心に複雑な文様が彫り込まれていた。それが暗い地下室の中で薄ぼんやりとした妖しい光を放っている。施術は既にその大部分が終わっていた。
「もう無理やり封印破いちゃ駄目ですよ。私にはこれ以上強いものは掛けられない」
 彼はこれを意外なことだと思った。この世界の理から半ば外れてしまっているこの魔術師は、ともすれば自分を滅ぼすことも可能なのではないかと思う程度には魔術の知識に富み、その使い方を十二分に心得ていると考えていたからだ。
「何ですか、その顔。よもや私に貴方を超えるほどの力があるとでも?」
 地下室に笑い声が反響した。
「確かに私も”人でなし”ではありますけどね、元は人間です。我々は盤上の飾り物。モブキャラクターです。脇役が魔王を倒すお話、見たことあります?」
 宿命ですよ、と男は語る。
「よしんば倒すことができても、その瞬間その脇役は主人公に格上げされるでしょうね。もっとも、そんな成功譚や逆転劇を好む人間も少なからずいるでしょうが。ホレイショ・アルジャーのようなものをね」
「誰の名前?」
「私の元いた世界で、そういう成功譚を執筆して持て囃された作家がいたんですよ」
 終わりましたよ、と男は彼に声を掛けた。起き上がる。随分長い間、眠ったり覚醒したりを繰り返していた。身動きがとれなかったので、それぐらいしかできなかったのだ。彼の顔に刻まれた鮮やかな文様は、彼が身を起こすと徐々に光を失って、やがて視認できなくなった。
「一応説明しておきますけど、貴方が封印を自分の意志で破壊することも可能です。その場合は、恐らく件の魔王議界と同様の事態になります。過信せず、暴発するのを防ぐことができる、ぐらいの認識でいてくださいよ。呪いの仕組みは分かっても呪いそのものがどこにあり、どうしたら解除できるのか、まるで分かっていないのですから」
 彼は瞼をそっと撫で、小さな声で呟いた。
「手間をかける」
「気持ち悪いですね。貴方は魔王で、私はその下僕です。もっと横柄にしていいんですよ」
 薄く微笑んだ男を見て、彼は片目だけで数度瞬きをすると、するりと椅子から離れた。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「カイのところへ。僕の目的は達成された。少し乱暴だけど、カイの狂気を解くことができる、かもしれない」
 男の研究室を出ると、彼は廊下でもう一度ため息をつく。自分の身体がどうなっているのか、今回のことでよりはっきりと理解できた。
 左目を封じたのは、能力の使用に際して様々なリスクが発生することを恐れたからだ。最初に目の異常に気がついたとき、尋常ではない量の魔力が流れ出てしまっていること、それが彼の持つ魔力とは全く性質の違うものだったことは分かっていた。だがそれがどのような影響をどの程度及ぼすか、正確な予測はできなかったのだ。
 結果はこの通りだ。
 萎んだ風船は、元には戻らない。彼はそう心の中で独りごちた。解決策が見つからなければ、彼の左目はこの先もずっとこのままだろう。もし必要に迫られて能力を使わなければならいときがくるなら、命を削ることになる。目的を果たすまで死ぬつもりなど毛頭ないが、やはり”視えない”という状態は彼の心へ焦慮が忍び寄るのを許した。それを振り払う。囚獄の勇者に自分がしたことを忘れてはいない。狂気にも等しい焦燥から優しい勇者を守るために、彼は忘却の呪いをかけたのだ。自分が焦ってどうする。
 薄暗い廊下を歩く。城の地下は元は牢として使われていた。今は彼の配下である男の研究施設だ。魔術のかけられた複数の扉を抜けて、階段を上がる。
 友人によると、戦の魔王によって救われた銀鏡の勇者はどうやら例の細君に看病をされているらしい。顔を出せば恐らく「貸しを返せ」と言われるのだろう。返済する気がないとは言わないが、今は他にやることがある。
 廊下側の窓から飛び降りると、雪の降り積もる世界の端まで彼は飛んだ。無駄に広い彼の世界には城以外の建造物はない。居住区画が限られているので、普段の生活を送るだけならそこから離れて行動する意味はないのである。従って、世界の端を知っているのは彼だけだ。そしてその異変に気づいたのも、彼だけだ。
 ふわりと地面に降り立つ。粉雪が足元に舞った。
 寒風に吹かれながら、彼は片目だけでその先を見た。目の前は崖だ。
 魔王の世界を構成しているのは魔力なのだ。それは、魔王が聖界を侵略すると土地の力を得ることができる、という点に裏付けされている。過去、過ちからいくつかの国を滅ぼして、彼の世界は意図せずに広がっていた。
 彼の立つここから先、西の一帯は、以前はもう少し土地があった。それがごっそり無くなってしまっている。
 とてもつまらなさそうな顔をして、彼はしばらくそれを眺めた。
 過去も未来も視えない。呪いのこと。狂気のこと。自分の体のこと。そしてカイのこと。
 彼はその場に座り込んだ。乱暴に頭を掻く。風にさらわれて乱れた髪がさらにぐしゃぐしゃになった。目を、瞑る。


       ****


 殺風景な景色の広がる岩山の麓、洞窟の前に彼は立っている。人の気配はない。中を覗いて見たが火を焚いた跡は真新しく、荷物も残っている。どこかへ移動してしまったというわけではなさそうだ。であれば今は不在なのだろう。踵を返した。
 周辺は荒涼とした大地が広がっており、仮とはいえここを生活の拠点にするのは不便な場所だと思う。水場も少し遠い。
 同時に、薬師の勇者に全て任せてしまったことを彼は後悔し始めていた。イヴを遣いにでもやればよかったか。何しろ、あの書き置きでは「自分はしばらくいないからあてにはしないで欲しい」と言っているようなものである。真実、その通りだった。
 自分が不在の間何か困った事態にはなっていなかっただろうか。みるみるうちに不安になる。しかし、光の糸は途切れていない。どうあれふたりは無事なのだ。従ってこれは単なる杞憂である。彼もそう理解している。
 そうしたぼんやりとした不安を心の奥底へ押し込んだ後、彼は空へ飛び立とうと翼を広げた。その時だ。
「あーーーーーー!!!!!」
 背後から聞こえる声に驚いて、振り返る。
「みっけた!!!!! 黒い翼の!!!!! 天使様や!!!!!」
 実に懐かしい呼びかけだった。淡い色の髪をしたそのひとは、その当時と変わらずサングラスを掛けていて、彼を初めて見つけたときのように嬉しそうにそう言った。サングラスに覆われた瞳には確かに理性の光があり、それはいつか彼が牢獄の底で見たものと僅かな違いもないように思われた。暖かな希望の光だ。
「カイ」
 彼が声を発すると、囚獄の勇者はきょとんとした顔をした。
 それから、少し遅れてカイの後ろから薬師の勇者が現れて、やはり同様に叫ばれ、どこへ行っていたのか、これはどういうことなのか、と激しく詰問を受けた。状況の把握できないカイはぽかんとしたままだ。
「ごめん、ヤナギ。話せないことが、たくさんあって、君には」
 彼がそう言うと、ヤナギは竜胆色の目を大きく見開いて、唇をぎゅっと結んだ。それから彼女は黙って背を向けて洞窟の方へ歩いて行った。
 何か、少しでも説明すべきだった。まだお礼も言っていない。彼は離れていくヤナギに向かって、また後で話そう、と声をかけた。返事はなかった。何だか寂しい。
「カイ、ちょっといいか」
「ううん? ええけど、なんでおれの名前?」
 困惑したままのカイの手を引いて、彼は洞窟から少し離れた。荒れた岩山の道を進み、なだらかな丘になったあたりまで歩む。視界は広く、周囲がよく見渡せる。色彩の少ない風景ばかり彼の目には映った。空の青がやけに目立って、それがかえって世界にあるものを際立たせた。彼らは黙ったまま、歩き続けた。
 しばらくして彼は手を離して、カイに向き直る。最初に会ったときと比べれば、随分包帯を巻いている箇所は少なくなった。新たに傷を作った様子もなさそうだ。彼が不安に思うほど無茶をしたことはなかったようである。カイは視線に気がついたのか、怪訝な顔をして彼を伺っていた。
「聞きたいことが山ほどあるだろうね」
 彼はその場に腰を下ろした。順を追って、ゆっくり説明するから、と言うと、カイは少し考えてから座った。
「まず最初に、僕は君が覚醒勇者であること、その本体が魔界の獄中にあることを知っている。君が何故薬師の勇者に世話になっているのか、その経緯も」
「うーん? せやったら、ああいう言い方しとったしヤナギもアンタのこと知ってるっちゅうことやな?」
 そうだよ、と答えると、カイは頭を掻いて困った表情をした。恐らく、自分の知っていることだけでは色々と噛み合わないのだろうが、それを話してもいいのか迷っているのだろう。
 彼は視線を逸した。彼のかけた忘却の呪いは未だ解かれていない。カイが彼を見たとき、ほんの一瞬だが身体が強張ったのを見た。彼のかけた呪いとはそういうものだ。対象へ特定の行動をとることを回避させるために、そこへ恐怖を結びつける。彼は勇者の狂気が再度発現しないように、カイの中にある彼についての記憶ごと思い出せないようにした。その戸惑いは、そうした周囲との記憶の齟齬からくるものだ。
 勇者は何を言うべきか、慎重に考えているように見える。顎をさすって、目を宙に泳がせたあと、こう言った。
「アンタがいうように、聞きたいことはそら山ほどあんねやけど……。うん、あんな、青い翼の天使様がアンタのこと探しててん。知っとる?」
 彼は最初これに答えずに、ただ静かに笑った。これは、同じなのだ。彼らが森の中で出会ったときと。実のところ、彼はこの瞬間なんと言えばいいか分からなくなった。
 彼はこの間の魔王議界での一件の後、再度議長ガーエルの元を訪れている。彼にいくつかの質問をするためだ。議長は、彼の問いに対して本来の役割をもって答えた。つまり、終着点の守護者としてである。
 彼の予想したとおり、魔王議界は邪神を巡る試練で最後に辿り着く場所だった。これを守護者は隠しもせずあっさりと認めた。その上で、「貴方を通すわけにはいかない」とも。当然だろう。その点について、彼は別に思うところはない。彼の目的は、囚獄の勇者のサポートだ。また、もし自分も邪神に会う必要があるとするなら、他の方法を考えてもいいだろうと彼は思っている。
 ついで、彼はこう質問をした。「刈り取る者について教えて欲しい」と。
 騒動の中で、彼はその鎌で切られることにより何が起こったか身を以て知ることができた。同時に、その効果に覚えがあることを思い出す。彼の王城、謁見の間に突き刺さったままの鍔のない黒剣。あれは、彼のかつての友が大牢獄にいるという”山羊の魔族”の持ち物を真似て作ったものだという。彼はその黒剣をある計画のために自分で用いたこともある。
 刈り取る者、それは邪神の配下である悪魔のうち、処刑の悪魔と呼ばれるものの分体だと守護者は言った。罪を背負ったものの魂と体を切り離し、魂を持ち帰る役目をするものであり、そしてその鎌は、魂や精神に作用するのだ。
 そうであれば、もしかしたら狂気を切ることもできる、かもしれないと彼は考えた。だがうまくいかなくても、うまくいっても、リスクが発生することはある。しかし失敗したとて、これは囚獄の勇者が本来目指していたことには違いないのだ。カイは勝たなければならない。
 故に、多少のリスクなど天秤にかけるまでもないのかもしれない。例えば、その勝利を大きな記憶の喪失と引き換えにしても。
 彼は既に囚獄の勇者から彼という存在の記憶を封印している。これが永久的なものではないとはいえ、発生する状態は大差ない。それに、それを告げたとしてカイはきっと躊躇わない。では、彼は?
――何を恐れているんだ、僕は。
 彼は青い翼の天使について少しだけ話した。理由があり、今は会うことができないこと。それでも、いずれ会うつもりではあること。
 カイはその答えに納得したのか、頷いた。
「他に、聞きたいことは?」
……おれ、アンタとは初めましてだと思ってたんやけど、違うんやな」
 カイはそれから、かなり注意深くこういうことを話した。記憶が欠落していること。それは本来、分身から本体に戻ったときに発生するものであったこと。だから最近、分身の状態でも記憶が抜け落ちていることに関して、何か原因があってそうなっているのではないかと思っていること。ヤナギにはそれを話すことができなかったこと。
「だから抜け落ちてるのは、アンタについてのことかなぁって」
 おれのこと、知ってんねやろ? せやけど、なんでかよう分からんけど、おれはアンタのこと思い出されへんねんと、カイはとても申し訳なさそうにそう語った。
 今、呪いを解けば、カイは全て思い出すのだろう。ただ、抑え込んだ狂気がどうなるか、それが分からない。このまま処刑の悪魔と戦闘する必要があることを伝える方がいいと彼は考えた。或いは、運が良ければ狂気ごと彼のかけた呪いも解消されるかもしれない。
 もちろん彼が知りたいかと問えば、知りたいと答えるだろう。伝えることができないと言えば、何か事情があるのだろうとカイは言うのだろう。囚獄の勇者は、記憶を失っても何も変わらないように彼には見えた。その身に今も潜む狂気以外には何も。ならば、この憂慮とも呼ぶべき感情の問題は瑣末なことだ。気にすべきではない。
 彼はカイをじっと見た。包帯がとれた箇所の皮膚、火傷の痕は、もうほとんど残っていない。その頬へ手を伸ばした。カイが怯えたように震えたのを、彼は見なかったふりをした。
……2週間も、よく耐えたな」
 小さな声で、そう呟く。労ったつもりだった。そう言って目を細めた彼が、悲しそうな顔をしているのを彼自身は知ることはない。その眼差しを向ける相手が、彼の生きる長い時の中でも稀有な存在なのだということを、彼自身は理解し得ない。
「本来の目的を果たせ、カイ。僕と話すのはその後でもいい。大牢獄にいる山羊の文官、処刑の悪魔と戦って、勝て。僕が考える君の問題は、運がよければそれで解消される。ただしそれは君の抱える記憶の齟齬とは関係がない。だが勝てば、君の抜け落ちた記憶について僕が話すこともできるだろう。君が知りたければだけどね」
……勝つのが条件なん?」
 彼はニヤリと笑った。
「君は、勝たなければならない。これは前提条件だ。もし、万が一、敗北を喫したのなら、それはその時考えよう。僕の手助けが必要なら、できる範囲で用意する。いつでも呼べ」
 彼は立ち上がった。カイも、慌てて立ち上がる。
「待って、おれ、アンタの名前知らん……あー、いや、覚えてへん。うん」
 やはり困った顔をして勇者は頭を掻いた。鮮やかな黄緑色の宝石が嵌った瞳で、彼はカイを見る。見て、そうして、笑った。
「僕の名前はウィリデルクス。君は僕のことをウィルと、ずっと呼んでたよ」
「ウィル。ええ名前やな」
 そういうと思った、と言って彼はカイの肩に手を置いて、くるりと体を回転させた。
「さて、僕はヤナギに留守中のことを少し言い訳しないといけないから、カイはゆっくりきてね。怒られそうだし」
 もうめっちゃ怒られてたやん、というカイの呟きを聞きとがめて、彼はカイの両肩に、ぐんっと思いきり力を込めた。わぁと悲鳴を上げて尻もちをついたカイが上を見上げる頃には、彼は両翼を広げて、もう随分高いところを飛んでいた。
 かくして、星は役目を終え、月は西へ流れて、太陽は昇った。平穏を装って日常は回り出す。きらめく暖かな陽光が世界に在るもの全てへ、平等に影を落とした。闇の中では消え失せるその輪郭が、その形が、この明るい場所では何なのか、はっきりと分かってしまう。
 かつてあれほど望んでいたことに、これほど戸惑うのは一体どうしてなのだろう。戸惑い? 焦慮? いや違う、これは恐れだ。あれほど自分の目で見てきたのに、それが、どうしてこんなに、今、恐ろしいのだろう。失うことを、失われることを、それが永遠に戻らないことを、彼は魂の終着点でずっと見てきた。
 どうしてこんなに、今、死ぬことが恐ろしいのだろう。
 彼の他には何もない空の上で、彼は手を伸ばした。太陽に近づくほど強い光が、彼へ濃く暗い陰翳を象った。





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