@ka78n_
巨大都市サロニア。
つい先日まで理不尽な政策によって町中閉鎖されていたのだが、ある少年たちの活躍によって元の賑わいを取り戻していた。
その町の一角でのお話。
「なあ、何でお前ついてきたの?」
先程パン屋で購入した紙袋の中から一口サイズのクロワッサンを取りだし、早速口に放り込んではもぐもぐやっている。ぼやくような口調で問うたのは、栗色の髪にバンダナを巻いたツリ目の少年。名をラリュウシカという。
問われたのはその少年より随分背の小さい少女で、こちらはさらさら風になびく長い金の髪を一点だけ髪留めで留めている。少年より小さな歩幅を埋めるために、跳ねるような歩き方で横に並んでついてきている。二人で歩くときはいつでもそうなのか、少女に無理をしている様子はなく、特に疲れていたり息が乱れたりはしていない。
「おやつ買いに来たんでしょ?」
大きな瞳を不思議そうにぱちぱちさせて、少女――アスタアミカは問いに問いで返す。わたしもほしいもん、と、やはりパン屋で買ったチョコレートがけのドーナツを頬張っている。
「べっつにそれだけが目的じゃねーんだけど」
「まだどこか行くの?」
「腹減っただけなら、宿でメシ食えばいいだけだろーが」
「んー、甘いもの…はほしくないもんね、タツミは」
甘いもの、という言葉を耳にしただけでうげっと顔をしかめて、ラリュウシカは口直しと言わんばかりに新たなパンにかじりつく。紙袋にはいくつのパンが入っていることやら。
「じゃあどこに行くの?」
「……図書館」
「えっ、タツミが本読むの!?」
水色の瞳が零れ落ちそうなほど大きく目を開いて驚くアスタアミカに、お前失礼って言葉知ってるか、とラリュウシカが零す。彼女の言葉に悪意がひと欠片もないことはよくよく分かってはいるが、その分素直すぎて建前だとか遠慮だとかそういった大人の気遣いなんてものも、出会ってこの方感じたことはない。
「どーいう意味だよ」
半目で肩を落とすくらい許されるはずだ。自分だってこう言っちゃなんだが、書籍の類は縁がないわけではないし、興味のある分野の本に関してならば積極的に目を通してきた自負がある。まあ仲間内に本の虫と呼ばれても文句はないだろう程の本好きがいるので、あれと比べてどうこう言われても困るのだが。思い返せば、アスタアミカのいる前で本をじっくり読むことはなかったかもしれない。
「ふーん、イツキみたいだね」
一番言われたくない台詞である。
「あれと一緒にすんな」
「何の本探すの?」
こちらの文句は聞いちゃいないようだ。むしろ文句だとも思っていないのだろう。はぁ、と溜息をついて、いつの間にか空っぽになった紙袋をくしゃりと丸めて道端のゴミ箱へ投げ捨てる。こういう時、外すことはないと分かっているので、わざわざ軌道を追い掛ける必要は感じない。
「言ったところでわかんねぇだろーが」
「聞きたいんだもん」
ぶすっとふくれっ面を見せるのはいつものことだ。毎度思うが、自分に関係のないことを聞き出して、一体何の益になるってんだ。けれど、答えが貰えないといつまで経っても追われて問われて面倒くさいと知っているラリュウシカは、色々、と適当に答えを返す。
「巨大都市なんてエラソーな名前がついてんだから、蔵書の数も相当なモンだろ。見たことねーんなら見てみてえって思わねえ?」
「そっかあ」
結局何が見たいか大事なところは答えてもらっていないのだけれど、『答え』をもらえて納得したらしい。ザ・単純。
「つーわけで、俺はこのまま行くけど」
お前はどうする?と言外に問われて、彼女はぴたりと歩みを止めた。
「うー、じゃあ、あとでいっしょに帰ろ」
「先帰ってればいいんじゃね?」
彼女の兄は別件で城へ赴いているが、宿には二人の帰りを待っているミイセリアがいるはずで。
「んーん」
しかし、ぶんぶんと大きく首を振ったアスタアミカは、タツミと帰るからいいと言い捨て、こちらが声をかける隙を与えず背を向けた。そしてそのまま、元来た道を走って戻っていく。異論は認めない、ってやつか。
「……ったく、待ち合わせどーすんだよ」
放って帰んぞ、と毒づいても、結局自分はあれを捨て置くことだけは何故かできない。ほとほと甘いと、痛いほど自覚があった。何が痛いって、頭だ。ぐりぐりとこめかみを押さえる。
大きな溜息ひとつ落とすと、ラリュウシカも目的地である図書館へと足を向けた。こうなったら、頃合いを見て適当に切り上げ、出てくるしかない。
「しゃーねぇな…ったく。」
目を通しきれなかった分は改めて夜にでも来るとしよう。
***
ラリュウシカと別れたあとでアスタアミカが立ち寄ったのは、魔法屋だった。彼女の大事な友達であり『姉』でもあるミイセリアにおつかいを頼まれていたからである。
『セージの粉を一瓶分けてもらってね。魔法屋さんにあるから』
煎じ薬を作るのに使う、と言っていたが、おつかいをしている当の本人はそれがどんな効能の薬へと変わるのか、全くわかっていなかった。
「見て分かんなかったら教えてもらおうっと」
店の扉に手をかけると、扉は分厚かったのか、かなり重かった。力を入れて引けば開けられないこともない。魔法屋の扉は時々こうして重厚に作られていることがある。大抵そんな店には、一般人では扱いにくい魔法や取扱注意の薬剤を売っている。ここも恐らくその部類なのだろう。
よいしょ、と気合いを入れて扉を引こうとしたところで、突然扉の重さが軽くなった。
「……あれ?」
自分の顔に影ができたのを不思議に思って振り向くと、アスタアミカの後ろには人が立っていた。というか、同じ扉の取っ手を持っていた。あ、今この人が押したから軽くなったんだ、とようやく気づいた頃には扉はしっかり開ききっており、じっと眺めるアスタアミカの視線を受けて、後ろの男は訝しむようにほんの少し眉を寄せる。
「大丈夫か」
他人が声をかけるくらいじっと眺めていたらしい。うん大丈夫だよ、ありがとう、と言葉を返すとそれきり、男はそのまま店の奥へと入っていった。どうやらアスタアミカが入店するまで扉を支えてくれていたらしい。親切な人だなー。雰囲気や姿は違えど、纏う赤はちょっと自分の『兄』に似てるなあと思って、それでよけいに嬉しくなった。帰ったらイツキに報告しよう。
***
サロニアの図書館はラリュウシカが考えていた以上に広く、蔵書も多岐に渡っていた。すでにいくつかのコーナーを見て回っていたが、未だ目的のものを探し出すまでには至っていない。
「あー…思った以上に時間くいそうだなー」
思わずぼやいてしまうのも仕方がない。晩ご飯までに帰れば済むと思っていた時間は、アスタアミカの『一緒に帰ろ』で随分短くなってしまったのだから。まあしばらくはサロニアから旅立つ予定はないし、まだ纏まった時間はいくらでも取れるだろうけれど。
「古代の遺跡……魔法年表……世界の成り立ち……魔道書……っと」
「おっと」
ドンッという鈍い衝撃を肩に感じ、振り返ると、どうやら人にぶつかってしまったようだ。本のタイトルを追うのに集中し過ぎたらしい。普段気配には敏い自分がぶつかるまで気づかないなど、どれだけ捜索に意識を持っていかれていたのかとビックリする。
「ワリィな。ぼんやりしてたみたいでさ」
「いや、こっちこそ」
ぶつかった相手は同じ年頃の男だった。歳も背も、少しだけあちらのほうが上だろうか。多分獲物の扱いもよく似た部類だろうと、簡単に予想がついた。
髪色も大差ねーなと全然関係のないことを思ったところで、あちらから声をかけられる。
「ほらよ、落としたぜ」
胸元にトンっと拳を当てられて、思わず差し出してしまった掌に落とされたのは、小さな金属だった。あっれ、緩んでたのか? 普段落としたことがないから、手の上にあることが意外すぎてまじまじと眺めてしまう。
「あれ? 君のじゃない?」
「――いや、俺の。サンキュ」
「それピアスだよな」
手のひらの真ん中にちょんと置かれた金属片は、お洒落な物とは違い、シンプルな板がぶら下がっているのみ。
「それ以外には見えなくねえ?」
「そうじゃなくって。ここらじゃ見かけない金属だなーって思ってね」
「……詳しいワケ?」
「いいや」
ラリュウシカの寄越す視線にへらりと軽い笑みを返して、男は踵を返した。
「じゃ」
「ああ。助かった」
改めて礼を口にすると、言葉の代わりかヒラヒラと片手を振りながら、 書棚の向こうへと消えていった。最後に風になびいたのは、あれは……
「……リボン?」
不思議な男だった。縁があればいつかまた会えるかもしれない。拾ってもらった金属は無造作にポケットヘと突っ込んでおく。
さておき、ラリュウシカが手に取ったのは、辞典のような分厚い本だった。背表紙には時代の比較と書かれていた。この厚さでは恐らく全てに目を通すまでには至らないだろうが、欲しいのは全てではない。パラパラと大胆に捲ると、あるページで興味深い文字が目に入る。
「魔方陣、か」
残り時間の読み物は決まった。
***
「遅いなあタツミ」
買い物を済ませて、図書館前のベンチで座ること数分。まだ数分だ。足をぶらぶらさせているのは、地面に足が届かないからだ。靴が飛んでいかないように気を付けなければ。ぶらぶらしていた足から靴がすっぽ抜けて、植え込みや人の腹や川の中に直撃しまくった前科が過去に何度もあるのだから、少しは懲りるという言葉を誰かが教えてやるべきなのだが、生憎ここには彼女に口うるさく言ってやれる仲間は誰もいなかった。
それにしても、さすが大きな街だと思う。図書館の側なのでわりと静かな通りではあるものの、先程から人の往来が絶えない。足早に過ぎ去っていく人、ゆったり散歩を楽しんでいる人、アスタアミカと同じくベンチに座って休憩している人、警備兵などなど。ぼんやり眺めているだけでも飽きずに済むことは、待ちぼうけをくらっている彼女にとって、とてもよい暇つぶしになっていた。
それからしばらく、いつものミイセリア特製手作りお菓子をとんがり帽子から取り出してはもぐもぐと食みながら通りを眺めていると、目の端に金色の何かが映った。
何の気なしにそちらへ視線を向けると、それは確かに金色をした長い、髪。
「……――!?」
考えるよりも先に体が動いていた。
いつもの彼女では考えられない程のスピードで人混みをかき分け、押しのけ、無我夢中で走っていく。だって、だってあの色は――
「――エ、」
……続くはずだった言葉は、ゆっくりと喉の奥へ飲みこまれていく。
「え?」
振り返ったその人は、思ってたのと違う顔をしていた。
「ちが、う」
「?」
だって、分かっているはずだ。彼女は、もう。
「あの、離してくれる?」
どうやら思い切り手首を掴んでいたらしい。同性とはいえ、見ず知らずの相手に突然手首をがっちり掴まれたのだ。戸惑って振り払っても当然なのにそうはせず、アスタアミカをじっと待ってくれている。
連れだろうか、隣に並ぶ少年が知り合い?と金の髪の少女に問う。フルフルと首を振られるのを見て、アスタアミカは慌てて掴んでいた手を離した。
「ごめんなさい、お友達と間違えちゃった」
どうやら力任せに掴んだらしく、離した手首は少しだけ赤くなっている。
いいわよ、と言って少女は笑ってくれたが、本当に申し訳ないことをした。何事もなかったように踵を返す二人へもう一度頭を下げて、そのまま金色が人混みに紛れて消えていくのをじっと眺めていた。
「おい、チビ」
呼び掛けの声は後ろから聞こえた。
「タツミ」
「ワリ、待たせた……って、何て顔してんだよ」
「え?」
顔?と思って、ぺたりと自分で頬に手を当てたが、ラリュウシカが何のことを言っているのかなんて、自分で触ったところで分かるわけがない。
「変な顔」
そう言ってこちらに伸びたはずのラリュウシカの手は、だがアスタアミカの顔まで届くことなく空を彷徨い、ぱたりと落ちた。
タツミだっていつもの、人をからかうみたいな顔してないよ。
「どうしたの?」
「何か、言われたか?」
さっきの女に。
走って追いかけたこと、見ていたらしい。
「ううん。あのね、さっきの人、エリアみたいな髪だったから」
だからびっくりしちゃった。でも違ったよ、と話すと、ラリュウシカの眉がぎゅっと寄って皺を作った。
あ、心配かけたかな?と思って、にこりと笑顔を向ける。
「大丈夫だよ、わたし――」
――続くはずだった言葉は、飲んだ息と共に喉の奥へと押し込まれていった。
だってタツミが、抱き寄せるから。
何の前触れもなく頭を彼の胸に押し付けられて、驚かないわけがない。
タツミ?と呼び掛けるけど、返事は返ってこない。ラリュウシカの顔を見ようにも、頭をぎゅうっと固定されていて上を向けない。
聴きたくない、と言われてるみたいで。
それでも言いたい。
「わたしね、分かってるよ」
もう、いないこと。
「……ああ、知ってる」
「ごめんね」
ああ、心配かけちゃった。
でもほら、泣いてないよ、わたし。
タツミ、困るでしょ。泣いてる人、苦手でしょ。誰が泣いたって、どうしてかタツミはとっても困った顔をする。
「ねータツミ、苦しい」
押さえつけられたままだから、もごもごとした声になったけれど、ちゃんと彼には届いたらしい。今気づいたかのように彼の指先がピクリと動くと、それきり、頭を押さえていた手が離れていった。
「ありがとう」
大きく息を吸ってから、笑ってお礼を返す。
すると、青紫の瞳がうっすら細くなって、じっとこちらをうかがっていた。難しいこと考えてるときのラリュウシカの顔だ。そんなときに彼の考えていることは、アスタアミカには一度だって分かった試しがない。普段も分かっているわけではないけれど。
……ふと、視線の先の自分の頭に手をやってみると、大事なものを置いてきてしまったことに気づく。
「帽子!タツミ、わたし帽子置いてきちゃった!」
金色を追いかけることに夢中で、帽子もおつかいした荷物もベンチに放ってきてしまった。いくらも離れていない場所だといっても、放置しておいてよいものではない。アスタアミカにとって、あの帽子は格段に特別なのだ。
慌てて翻し、来た道を走って戻ると、荷物はきちんとベンチに置いてあった。彼女お決まりのとんがり帽子をかぶるとほっと一息、忘れないようセージの瓶の入った袋をしっかりと抱え込む。
「ねータツミ、どうしたの?」
ぎゅっとかぶった帽子を撫で付けてから振り向くと、彼は依然、立ち尽くしたままだった。
近くへ寄っていつものように袖をくいっと引くと、何でもねぇよと言ってスタスタと宿のほうへ歩き出した。
「さっきの人ね」
「あ?」
「金色の髪の女の人」
「ああ」
「リボンしてたの。ひらひらって。エリアもあんなふうにくくってたよね」
わたしも一回してみようかな、と言いながらトレードマークの髪飾りを触ると、後ろからペシッと頭をはたかれた。
「いったー!」
「馬ッ鹿。お前には似合わねーよ」
「何でよー」
「ンなことはな、自分で髪をどーにかできるようになってから言え。まだ毎日ミイにやってもらってんだろ、それ」
「うー……」
指摘を受けたその髪型は確かに今朝もミイセリアに結ってもらったものだ。左上にきゅっと留めるだけの、いつもの髪。
髪飾りは持ち主の代わりに肯定するかのように、キン、と翡翠の良い音を鳴らした。アスタアミカの髪はさらさらしていて思うように結ぶことが難しいのだ。元々さほど手先が器用ではない彼女にとっては、尚更のこと。
「前はタツミがしてくれてたよね」
思い出すと、その役目はいつの間にかアスタアミカの「姉」に移っていた。いつからだったのだろう。きっかけも思い出せないほど、それは自然にシフトされた。
「なんで?」
「何で、って何だよ」
「だって前はタツミのとこに毎朝髪してもらいに行ってたのになーって」
「単に確率の問題だろ」
「かくりつ?」
「起きたときに側にいるのがミイだってこと」
「そっかー。ミイちゃん器用だね」
そんな雑談をしながら、彼の両手がそっとポケットへ仕舞われたことには、アスタアミカは気づかない。
「ホラ、着いたぜ」
話していると時間はあっという間だ。宿についたとき、辺りはほんのり薄暗く、夕飯にちょうどいい時間に差し掛かっていた。
「ただいまー」
さっき落ち込んだことなんてすっかり忘れてしまったかのように上機嫌で彼女は扉をくぐり、パタパタと宿の中へと入っていく。おそらく、きちんとおつかいできたことを彼女の「姉」に褒めてもらうのだろう。
「…………」
そして、ラリュウシカの手元に残ったのは、つまみ食いしたパンくずでも、古い本の名残りでもなく、あのさらさらとした懐かしい感触だけ。
「やっちまったなー……」
願わくば、一刻も早く、記憶の中から綺麗さっぱり消え去ってほしい。
自分の固い髪をどれだけぐしゃぐしゃとやったところで、あの感触だけは消えないと分かっていたとしても。どうしても。
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この頃のタツミさんは極力アミに触れたくないんで、上手にかわしてきたつもりが、やっちまったようです。
そのごろごろうだうだしてるのを別の話で書きたかったのですが、形になる気がしない。
一応思考と地の文扱いとで呼称かえてますが、統一したほうがややこしくなかったのでは…(後の祭り)
某所のお子様がたをちらちらさせてるのは、親御さんのリク
「街なかのタツミくんだったりアミちゃん中心+でモブ役として誰かうちのこ 」
によるものでした。いる、と思って読まないと分からないレベルになっておりますアワワ。お声掛けくださりありがとうございました!!
(言い回し等何かありましたらばご一報を…!)
20150728~20180107