X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

源氏兄弟に飼われる話 第13話

全体公開 4 6459文字
2018-01-18 20:23:37
Posted by @ayame0601s



 まどろみの中で、何度も甘い疼きに襲われた。
 ふっと意識が浮上するも頭はぼんやりとして、自分がどこにいるのか、どういう状態にいるのか、理解が追い付いていなかった。
 そんな中、かろうじて分かるのは、うつ伏せに寝ている布団の柔らかさと、背中に感じる重み。私の手首に添えられた、骨張った大きな手が視界に映る。
 うなじの髪を避けられ、後ろから唇を落とされる感覚に、身体が震えた。走る甘い痺れに、自然と吐息が漏れる。
 肌に触れる唇の動きは、やけに官能的で、理性の働いてない頭はもっと先へと望んでいた。
 首筋に、彼の唇が這う。歯を軽く立てられ、まるで食むように口付けられれば、身体は身悶え、じわじわと熱が体内に籠っていく。時折聞こえる、彼の息遣いは艶かしい。
 けれど、彼は決してそこから先へ進もうとしなかった。

 彼──彼?

 彼が誰かも分からず、ただ快楽に呑まれる中、眠りにつくように意識が沈むのを感じた。

 再び目が覚めた時、外はだいぶ白んでいた。
 窓から入り込む陽の光に、開けた目を思わず細める。
 ここは、どこなのだろう。
 白い壁に黒い家具で統一されたモノトーンの部屋は、シックな雰囲気を醸し出している。
 覚醒していく脳に、視覚からの情報がだんだんと明白になっていった。明らかに、いつも見慣れている自室ではない。
 のそりと体を起こそうとするも、急激に頭から血の気が引く感覚。耐えきれず、再びベッドに倒れ込んだ。
 視界が揺れ、目の前が暗くなる。動悸まで起こり始め、どうしようもなく不安に駆られた。異変を訴える体に、恐怖を感じ始める。
 落ち着かせようと必死に息を吸い、どうしてこうなっているのか考えた時、ふと頭を過るのは、彼の事だった。

 彼……膝丸は、大丈夫なのだろうか。

 昨夜の事を思い起こす。止めどなく血が流れ、流れ落ちては蒸発して消えていくその様子は、まるで彼の命そのものを見ているかのようだった。
 彼の命が消え行く様を、視覚的に捉えているような。
 その様子を見て、居ても立ってもいられず、思わず行動してしまったけれど……膝丸は大丈夫だったのだろうか。
 動悸が治まりつつある中、そっと、静かに辺りを見回した。
 そうか、どうやら此処は彼の部屋らしい。けれど、肝心な部屋の主がいない。バンパイアの死体は残らないと、髭切は言っていた。
 まさか……まさか、彼は灰となって消えてしまったのでは──。
 先ほどの動悸とは、別の胸騒ぎを感じていた時だった。
 ドアノブの音と共に、部屋の扉が開く。

「目が覚めたか」

 現れたのは、他でもない膝丸だった。
 黒のジャージに身を包む彼は、昨日の瀕死状態が嘘だったかのように、至って普通に見える。
 その姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。膝丸さん、そう呼ぼうとした声は掠れ、ほとんど音を成していない。
 せめて起き上がろうと、体を起こそうとすれば、彼から制止の言葉がかかった。

「いい。無理をするな。まだ本調子には程遠いだろう」

 そう言いながら近づく彼の手には、お盆が添えられている。横になったまま、彼を目で追った。
 お盆に乗っている器から、立ち上る湯気。ふと、いい香りが鼻を掠める。
 膝丸は私の近くまで来ると、ベッドに腰かけた。私の足元に座る彼から、軋みが伝わる。
 膝の上にお盆を起き、揺らめく湯気を見つめるように視線を落とすと、彼はそのまま黙りこんでしまった。

「あの……具合は、大丈夫ですか?」

 たまらず、声をかける。
 膝丸は横目で私を見るも、視線が交わったのはほんの一瞬だけだった。
 彼はすぐに目線をお盆に戻すと、「ああ」と返事を口にする。

「お陰さまで、この通りだ」
「そうですか。それは良かったです」
「君は……大丈夫か」

 その言葉に、思わず目を丸くしてしまった。私を気遣うような言葉を、彼からかけられるなんて。
 呆気にとられ、つい口をつぐんだ。そこに沈黙が生まれる。
 まさか、私の体調を気にかけてくれるとは、思ってもみなかった。
 私からの返答がないからだろう。膝丸は、怪訝そうな視線をこちらへ向けた。

「あ……私は……私も、大丈夫です」

 彼の視線に口ごもりながら返事をすれば、そうか、と一言だけ返ってきた。
 その一言を境に、再び沈黙が降り、なんとも気まずい雰囲気が漂う。
 ふと、彼の持つお盆に目を向けた。
 お盆の上には、ご飯とお味噌汁と、おかずが一品。お箸は一膳。
 さっき視界に入れた時は何とも思わなかったけれど、よく考えてみれば、彼は人間の食べ物を好まないのだ。
 そんな彼が、人間の食事を手に持っている。
 それが意味している事が分からないほど、鈍感では無かった。

「膝丸さん」
「君は」

 言葉が被る。お互いの声が重なった途端、彼は弾かれたように私を見た。
 驚いた顔の膝丸と目が合う。しかしそれもまた微かな間だけで、彼は気まずそうに視線を横へずらした。

「あー、なんだ」
「いえ、あの……なんでしょうか」
……君は、今何か食べられるか?」

 視線を逸らしたまま、私に問う。その質問に、私が感じた事は思い違いではなかったのだと――彼の持つその食事は私のためのものだったのだと、そう思うと嬉しさが込み上げてきた。
 今まで冷たく、迷惑な事を包み隠さない視線と態度を、幾度となく向けられてきた反動かもしれない。
 想像もした事すらない状況に、面食らってしまった。しかし同時に胸が締め付けられ、こみ上げる嬉しさを抑えるように、グッとそれを呑み込む。この感情を表に出してしまうと、また睨まれそうだからだ。
 目眩を起こさないように、ゆっくり起き上がる。それでもフッと目の前が暗くなりかけ、咄嗟に目を瞑って、それに耐えた。
 今回は倒れ込むまでいかずにすみ、ゆっくり目を開ければ、膝丸の、どこか心配そうに歪んだ顔が視界に入った。

「大丈夫か?」
「え? あ……はい、大丈夫、です」

 先程から、何ともしどろもどろな返事ばかりだと、答えながら思う。
 けれど、しょうがない事だった。彼の行動や出てくる言葉は、予想もしていないものばかりなのだから。

「ええと、それ、私に?」
「無理に食べなくてもいいが」

 ふい、と顔をそむけ、素っ気ない声色で返事が返ってくる。けれど、いつものような冷たさはない。

「頂きます。ありがとうございます。膝丸さんが作ってくれたんですか?」
「ああ。…………貧血には肝臓がいいと、書いてあった」

 間を置いた後、独り言のように呟かれた言葉に、理解が遅れた。
 肝臓? そう思いながら、お盆を見る。
 器に盛られていたのは、レバーとほうれん草の炒め物だった。
 理解した途端、思わず頬が緩む。彼は、貧血に良い食べ物をわざわざ調べて、作ってくれたのだろう。 
 胸に広がる温かい気持ちは、もう隠しきれなかった。
「ありがとうございます」と、もう一度お礼を言えば、「君が死ねば兄者に咎められるからな」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。けれど、それすらどこか可愛げに見えるから不思議だ。

「ひとつ、聞いてもいいか」

 彼の口から、言葉がぽつりと零れ落ちる。心なしか神妙に聞こえ、姿勢を正して頷いた。

「はい。なんでしょうか」
「何故、俺を助けた」

 膝丸は、依然として私と視線を合わせない。視線は、お盆に落としたままだった。

「君は、俺の事が嫌いだろう。それなのに何故、危険を承知で血を与えたんだ」

 何故……そう問われても、すぐに答えられなかった。何故なのか、自分でもはっきりしていないのだから。
 私は、この状況から逃げ出したかったはずだ。あのまま膝丸が死んでしまえば、髭切のいない今、逃げ出す事が出来たかもしれない。
 けれど、逃げ出したところですぐ捕まるかもしれない。そうなったら膝丸を見捨てた代わりに、髭切に殺されるかもしれない。それを恐れて、私は膝丸を助ける選択をしたのだろうか。
 あの時、そんな思いが、少しでも頭を過っただろうか。
 答えは、否だった。そんな事を考えている余裕など、あの時の私には無かったのだから。

「見捨てられるほど、憎んでいる訳じゃないから……だと、思います」

 膝丸は、ゆっくりこちらを見やる。
 若干眉を寄せたその表情に、反射的に緊張する。しかし彼は、決して睨んでいる訳ではなかった。
 端から全てを疑っている訳ではないけれど、私の真意を見極めるような瞳だった。

「膝丸さんこそ、私の事が嫌いなんじゃないんですか?」

 彼の視線に居たたまれず、質問を返す。
 私の事が嫌いな筈なのに、こうして心配をして、気遣いまでしてくれる。それは、彼も私と似たような心境なのではないだろうか。
 私の質問に、膝丸は目を伏せる。
 何かを考えているように──まるで遠い昔へ思いを馳せているかのように間を置いた後、そうだな、と呟いた。

「俺は君が嫌いだ。……君が、」

 顔を上げた彼と、視線がかち合う。
 その目は、いつもの咎めるような鋭いものでなく、真っ直ぐと私を見据えるものだった。

「君が、人間である限りは」

*

 膝丸の手料理は、髭切の作ったものに劣らぬ美味しさだった。
 人間の餌に興味はない、と言っていた癖に、しっかりとポイントを押さえてくるものだから、なんとなく腑に落ちないものがある。
 朝からレバーの炒め物とは、随分と重たいなと思いつつも、一度口に入れてしまえば箸が止まらなかった。それほど、彼の作ったものは美味しかった。やはり、長年生きているが故に、何でもそつなくこなしてしまうのだろうか。

 食事の後は、さすがに彼の部屋に長居は出来ないと思い、自室に戻った。いきなり貧血が治る訳もなく、フラフラとベッドへ辿り着くと、そのまま潜り込む。
 ベッドに横たわり、先程の会話を思い出した。
 あの膝丸が、私を心配してくれるなんて。血を提供した事への義理だとしても、わざわざ料理まで用意してくれるなんて。
 膝丸といい、髭切といい、彼らへ抱く感情が、明らかに最初とは異なりつつある。
 彼らは、恐怖の対象なはずなのに……私とは相容れぬ存在なはず、なのに。
 私が人間だから、膝丸は私を嫌いだと言った。
 私は人間で、彼らはバンパイアで。
 思わず忘れてしまいそうになる。彼らに、つい心を開いてしまいそうになる。
 それは過ちに他ならない事なのだと、そう言い聞かせるように瞼を閉じた。

 次に目が覚めた時、部屋は朱色に染まっていた。窓から夕陽が射し込み、夕方になってしまったのかと、寝起き一番の頭でぼんやり思う。
 あれからぐっすり眠ったせいか、体調は朝よりも幾分回復しているように感じた。ゆっくり起き上がっても、倒れるほどの目眩は感じない。
 喉はカラカラに渇いていたため、潤そうと一階に降りる。何故か膝丸は自室に居ると思い込んでいたため、何も身構える事なく、居間へと向かった。
 階段を下り、開け放たれた扉を見て、思わず足を止める。
 部屋から、電気の明かりと、テレビの音が漏れていた。
 この時やっと、無防備だった体が緊張し始めた。どうやら、膝丸が居るらしい。
 そう思うと、反射的に彼を避けたくなった。喉の渇きをどうするか、悩み始める。けれど脱水は貧血に悪いと、半ば言い聞かせるように足を踏み出した。

 室内をそっと覗きこめば、膝丸は定位置のソファーに座っていた。片膝を立て、そこに手を置く形で座っている彼は、テレビ画面をじっと眺めている。
 そんな彼は、私の視線に気づいたようで、ふとこちらへ顔を向けた。
 視線が交わった途端、体に緊張が走るのは、もはや反射として染み付いてしまったものだろう。

「おはよう、ございます」
……ああ」

 挨拶を一言だけ交わすと、彼はすぐにテレビへと視線を戻した。いつも通りだ。いや、いつもより前進しているのかもしれない。一言だけでも返してくれたのだから。
 もう夕方なのだから、おはようございますは間違えたな。そう内心で己につっこみながら、冷蔵庫に向かう。
 水を一口飲んだだけで、体に染み渡っていく様子が実感できるようだった。思っていた以上に、全身が脱水しきっていたらしい。
 私が水分補給をしている間も、コップを洗っている間も、膝丸はずっとテレビを見ていた。一言も交わそうとせず、結局、私が部屋の扉に向かうまでこちらを振り向かなかった。
 いきなり変わるわけもないか。そう思いながら部屋から出ようとすれば、ガチャリと玄関が音を立てる。誘われるまま、視線を向けた。

 少々、乱暴に開けられた扉。
 そこから現れたのは、髭切だった。

 髭切は私と視線が合うと、その目を見開く。息は弾み、肩が上下している。その様子は、いつもの冷静沈着な彼からは、あまり想像できないものだった。
 そんな彼に唖然とし、立ち竦む。髭切から焦りの色が滲んでいる。彼は靴を脱ぐと、足早に私へと近づいた。 

「あ、おかえりなさ……

 言い終える前に、口をつぐんだ。彼の手が、私の頬へ伸びてきたからだ。
 目の前に来た髭切は、何も言わずに頬へ触れる。
 ひやりとした冷気が、彼の手のひらから伝わった。思わず硬直する。
 口を閉ざし、微かに眉を寄せた彼はどことなく真剣な面持ちで、何も言う事が出来ない。
 髭切は私の下まぶたに親指を添えると、そっと下へ押し下げる。それを確認した後、首元へと視線を落とした彼は、目を細めた。

「血が少ないね」

 それだけ言うと「弟は?」と続け、髭切は私から離れた。そのまま居間を覗きこむ。
 彼の動きを追うように視線を動かせば、ソファーからこちらを窺う膝丸が視界に入った。
 膝丸も私と同様、呆気に取られた顔をしている。

「兄者……早かったな」

 目を丸くしながら膝丸は言った。髭切がどことなく急いでいる様子からも、予定より早めの帰宅なのだろう。
 髭切は、膝丸の元へと足を進めた。ソファーに座る彼を見下ろすと、一度深く呼吸し、口を開く。

「お前、傷は?」
「傷……は、問題ない」
「相当深かったはずだ。僕にも伝わってきたのだから」

 で、どこ? そう続ける髭切の声は、有無を言わさないものだった。
 髭切はこちらに背を向けているため、彼の表情は分からない。けれどその声色は、鬼気迫るものを感じる。
 膝丸はゆっくり立ち上がると、シャツをたくし上げた。
 見てはいけない気がして目を逸らそうとするも、視界に飛び込んだものに、視線をそのまま留める。
 彼の脇腹には、深く切り裂かれたような、大きな傷痕が生々しく残っていた。

……傷、全く治っていないじゃないか」

 髭切がぼそりと呟く。膝丸は、どこか罰が悪そうに視線を落とした。

「つい、油断してしまった」
「それ、銀製のナイフか何かだろう? 誰にやられたんだい」
……
「例のカルト集団?」
……いや」
「なら、誰」

 膝丸は沈黙する。しばらく考え込むようにしていた彼は、ちらりとこちらに顔を向けた。
 合った視線は意味深なもので、不安のようなものが胸に兆す。
 膝丸がこちらを見たため、髭切も肩越しに私へ視線を寄越した。横目で見られたそれは、いつもより鋭く、背筋が凍る。

……以前会った人間だ。彼女と一緒にいた、あの男」

 膝丸のその言葉に、血の気が引いた。
 私と一緒にいた、あの男。
 思い当たるのは、一人しかいない。
 鶴丸の、別れ際に見せた何かを言いたげなあの表情が、ふと脳裏を過った。




投稿にいいねする

@tio496
あやめさんの源氏兄弟、大好きです!(///∇///)続きがとっても気になります(>o<")続編楽しみに待っています(^^)
2018-01-18 21:21:30
@ayame0601s
ティオさんありがとうございます!わーんっそう言って頂けると本当に励みになります(。´Д⊂)✨私の嗜好たっぷり詰め込んだ話なので、気に入って頂けるのはとても嬉しいです
2018-01-18 23:00:06
@mazentaranta
初めまして!
RT先からお邪魔させていただきました!とても…とても素晴らしかったです…っ!!✨✨ちょっとほんとにドストライクすぎて言葉が出てきません大好きです!!!ありがとうございました!!!
2018-01-19 19:15:32
@ayame0601s
nokoさん初めまして!わーっRTから来て下さったなんて、とても嬉しいです
2018-01-19 20:55:29

© 2026 Privatter All Rights Reserved.