@akirenge
【節目に】
「明日は節分なのですよ」
「二月三日、ですね」
二月二日、居住区の夏目漱石の部屋にて、久米正雄は弾んだ声の夏目に応対する。
彼は夏目に原稿を見せに来たのだ。
原稿を見せるときもかつて……今もと言えばそうだが……仲間であった芥川龍之介には会わないようにしている。
夏目は嬉しがっているようだが、何故節分を嬉しがっているのか久米には理解が出来なかった。節分と言えば、鬼に扮した相手に豆を投げたり、
鰯や柊を玄関先に飾るあのイベントだ。
「アレが食べられるとは、楽しみです」
(豆を……?)
節分と言えば年の数だけ豆を食べるという風習もあるが、そういえば夏目の年齢はどうなっているのだろうかとなる。
享年で食べるのかかといって転生した時になると一つぐらいしか食べられない。
「久米君も、節分は良いですよ」
「……そうですか……」
そうとしか久米は答えられない。
夏目が添削してくれた原稿用紙を受け取り、久米は夏目の部屋を出た。時刻は夜、明日は節分ではあるが、”仕事”がある。
有碍書の浄化作業だ。
「明日は節分だぜ。豆まきはするんだけど……去年と一緒か?」
「片付けやすいように一室で。落花生か大豆で。鬼役は……幸田さんだったか」
「節分をやるぞ! って尾崎さんが乗り気になってるしな」
部屋に戻ろうとすると廊下で自然主義の三人とすれ違う。国木田独歩、島崎藤村、田山花袋だ。国木田は両手に大きなカメラを持っている。
彼等は新聞を作っていて、たまに図書館に貼っていたりもしていた。
「夏目先生は……豆まきを楽しみに……? でも、食べる……」
三人の会話を聞いて、久米は想わず疑問を口にしてしまった。立ち止まってしまう。それは彼等も同じだった。
「……夏目さんが食べるのを……って、それは豆じゃ無く」
「独歩、久米は知らないんだよ。図書館の節分」
「そうだよね。説明とかきっと、誰もしてないだろうし」
「説明というと……」
国木田が思い当たったフシを言おうとしたとき、田山と島崎が別の思い当たったことを口にする。
”図書館の節分”はどうやら他にもすることがあるらしい。
「恵方巻きって知ってるか。元は関西のイベントなんだけど、毎年変わるめでたい方向に立って恵方巻き……太巻きを食うんだよ」
恵方巻きと聞いて知らないというような表情をしたく目に国木田が話す。二月三日の節分では関西では恵方巻きという太巻きを食べるようだ。
無言で食べ続け食べきると願いが叶うという。
「先生は太巻きを食べるのを……」
「そっちじゃなくてな。……太巻きって、巻いてるだろう?」
「巻いていますね」
田山が苦笑いをする。太巻きは巻いている。それはその通りと言うか、巻いているという事実を確認させるように田山は言っていた。
「そもそも、恵方巻きもそこまで有名じゃ無かったんだけど、イベントでたきつけた奴が居たらしくて、でさ、巻いてるってことで……」
「ロールケーキとか巻きクレープも関連づけで恵方系で売ってるんだよね」
「納得しました」
夏目は甘いものを好む。
紅茶が好きで甘いものも好きだ。師が楽しみにしていたのは豆まきでも無ければ、恵方巻きを食べることでもない。
関連づけで売り出されたロールケーキや巻きクレープだ。
「掘が作ってるだろうしな」
久米の同期である芥川龍之介の弟子である堀辰雄、彼はおやつ作りの達人だ。
掘は芥川や夏目よりも先に転生してきて、芥川も転生は遅い方であったらしく、掘がおやつを作っては夏目が食べていたそうだが、
言い換えれば孫弟子が師匠におやつを作ると言うことになっている。
これも転生してきたからこそ、出来たことだろうが。
「バレンタインとかもあるから食べ物には困らないよ」
「まずは明日、楽しめば良いさ」
「そうします」
久米は誘われたりしたら、僕は、と遠慮はしないことにしている。よっぽどではない限りは。具体的に言うと芥川関連以外では。
そっとしておいてくれるところはそっとしておいてはくれるのだが、騒げるところは久米も、騒ぎたいのだ。
【Fin】