@toasdm
節分に限らず季節の行事を大切にする雨彦さんに倣って、私も歳時記をなぞるようにそれに付き添う。豆まきを終えてぽりぽりと、年の数だけ揃えた豆を二人で食べている時、ふと視線を感じて顔を上げると、なんだかにんまりとしている雨彦さんと目が合った。
「あの、なにか?」
「ん?ああ、いや」
珍しく歯切れの悪い雨彦さんが、手元の豆をつまみながら言う。
「ただ豆を食ってるだけでも、お前さんは可愛いもんなんだな、って、思っただけさ」
「え…」
「リスかハムスター、まあ、小動物めいてるってとこか」
言って笑う、雨彦さんは冗談なのか本気なのかいまいちわからない。悪い気はしないけれど、やっぱり少し、いや、かなり恥ずかしい。
「そんなの、若い今の内だけですよ」
「そうかい?」
そうですよ、と私は未来を暗く考える。今はまだ、そんな歳でもないけれど、いつかは私も当然のように老いていく。そうなった時、雨彦さんは私に、今みたいに可愛いなんて、言ってくれなくなる気がする。そんな私の不安を見透かしたように、雨彦さんはさらに笑っていう。
「共に白髪の生えるまで、ってな」
「?」
ぽい、っと口の中に、いくつかの豆を放り込んで、豪快に噛み砕きながら言う。
「若い今のお前さんも、しわくちゃの婆ちゃんになったお前さんも、俺にとっちゃ可愛い可愛いお前さんさ」
変わりないぜ、と言うその目は真剣で、きょとんとした私を見てクスクスと笑って、雨彦さんはからかうように言葉を続ける。
「ハムスターから鳩にでもなっちまったのかい?」
「鳩?」
豆鉄砲なら持ってないぜ、と私の手元にある豆をひとつつまみあげ、じっと見つめる。
「まさかお前さん、来年になったら10粒増やして豆を食うような歳の取り方はしないだろう?」
つまんだ豆を私の口に押し込んで、豆鉄砲を喰らえ!とじゃれてくる。普段は大人の魅力溢れる人なのに、たまにこうして無邪気な表情をみせるのだから、なんというか、敵わないなと思わざるを得ない。
「来年の豆は、ひとつしか増えないんだぜ?」
次から次へと繰り出される豆鉄砲に、私の口の中はだんだんと水分を奪われていく。目を白黒させる私の反応がそんなにおかしかったのか、とうとう雨彦さんはお腹を抱えて、ひいひい言いながら身をよじって笑い出してしまった。
「お前さんは本当に可愛いなぁ!」
なんとか息継ぎをしながら、笑い過ぎて出てきた涙を拭って雨彦さんが言う。
「毎年ひとつずつ、豆は増えてくんだぜ」
お茶を飲んで口の中いっぱいの豆をなんとか流し込み、どういうことですか?と聞けば、すっと笑いの波をひかせて、頬杖をつきながらニッと笑う。
「共に白髪の生えるまで。一緒に歳を重ねていけばいい」
「……一歳ずつ?」
なんとなく、見えてきた。雨彦さんの言わんとしていることは多分。ずっと一緒なら、それでいい、ってことなんだろう。ずっと一緒にいるのだから、そんなことは気にするな、と。
ご明察、と満足げな雨彦さんを見ていると、からかわれたことや無理やり豆を食べさせられたことが急な腹立たしくなってきて、私は雨彦さんの豆をひとつかみする。
「雨彦さんの、いじわる!」
鬼は外っ!と言いながら、私はそれを雨彦さんの口にぐいぐいと押し込んだ。節分の炒り豆の香ばしい香りが広がるダイニングテーブルで、このいじわる鬼をどう退治してやろうかと、私は考える。悪かった悪かった、と降参のポーズを取る雨彦鬼さんを退治する方法を。焦らなくても、きっといいはず。どうせ時間はたっぷりあるんだから。毎年ひとつずつ増える豆の数だけ、あるはずだから。約束された未来は既に、私の中では明るくなっていた。ああ、本当にこの人には、まるで敵う気がしないや。