@toasdm
今日という今日は付き合っていただきます、と言うから、てっきり男女のそれかと思ったのだがどうやらそういう意味ではないらしい。からかうのもいい加減にしてください、と腰に手を当てて俺を睨む彼女の目は三角だ。
「葛之葉さん、勿体無さ過ぎます!」
「そいつはどうも」
「今日という今日は絶対に!葛之葉さんの服を選びに行きますからね!」
そうは言っても、恐らく彼女はわかってはいないんだろう。天からの授かりものとはいえ、日本人の平均身長を優に超えるこの長身では衣類の選択肢などないに等しい。同じ事務所の黒野あたりなら理解も示してくれるだろうが、丈に合わせれば身幅が余り、身幅に合わせれば寸足らずだ。なんとも不都合の多い俺の体は、服なんて着られればそれでいいというのに。せっかくの素材の持ち味が、なんて、一端の料理人みたいな事を言うお前さんが余りにも必死なものだから、日を改めてオフの日に付き合うことにした。
「お待たせしてすみません!」
「いや、俺の方が早く来過ぎたんでな」
慌てて駆け寄ってきた彼女は、事務所で見かけるいつものパンツスーツ姿とは打って変わってなんとも、女性らしい。
「さあ、行きますよっ!」
まあ、中身はいつもと変わらないのだが。随分と威勢のいいことで、と内心苦笑する俺を尻目に、彼女はずんずんとショッピングモールを歩いていく。置いてっちゃいますよ!と元気のいい彼女について行くが、正直あまり気は進まない。それでも振り回されるのは悪い気はしないもので、さあここです、と店の前に立つ彼女の機嫌の良さそうな顔は、俺の気をいくらか軽くしている。
いらっしゃいませ、と声をかけてくる店員に愛想よく笑顔を振りまいて、彼女は店の中を歩き回る。品のいいジャケットやパンツなどを適当に見繕って、彼女はそれを俺に押し付けた。
試着室お借りしますね、と声をかけ、着てみてくださいと渡されたそれらは、どうせサイズも合わないだろうと思っていた俺の予想を裏切って、ぴたりと体に合っている。ちゃんと手首まである袖丈、窮屈感のない肩、不恰好にならず体に沿った美しい線を描く身幅。足のラインをなぞるパンツは丈もわたりもちょうどいい。フルオーダーの服のよう、とまではいかないが、着心地が良い。鏡に映った自分の姿をまじまじと見てみるが、彼女の見立ても大したものだと舌を巻かざるを得なかった。
チャコールグレーのパンツは冬らしい素材感がいい。まとわりつく感覚はないのに、俺の足のラインを綺麗に見せている。羽織ったジャケットはインナーにホワイトのプルパーカーを合わせているせいか、フォーマルになりすぎず普段着らしいのに年相応の落ち着いた印象にまとまっている自分で言うのもおかしな話だが自分らしい、と素直に思った。
「今はメンズもレディスも、トールサイズ専門店が沢山あるんです」
「へえ……」
「葛之葉さんはアイドルなんですから、もっとご自身の魅力を理解していただかないと!」
してやったり、といった顔で彼女は俺を見上げる。似合うか?と聞けば満面の笑みで、見立てどおりです、と言うのだからなんともこそばゆい。適当なポーズをいくつか決めてみれば、その度におお、だのさすが、だの言って喜ぶ。強引に連れてきたのだから自分が出す、と言って譲らなかった彼女に押し切られる形で会計を済ませ、試着室から出た新しい服装のまま俺達は店を後にする。
「やっぱり、似合いますね」
見立てどおりです、とまた言って嬉しそうにする彼女の様子がいつもと違う気がしたのは、向けられる視線の温度の違いに気付いた時だ。
「なんだお前さん、自分好みの服を俺に着せて喜んでるのかい?」
「あはは、まあそんな感じです」
素直な奴は嫌いじゃないぜ、と手を差し出してみるが、意味がわからなかったのかきょとんとこちらを見上げている。
「せっかく洒落込んだんだ、服のお礼にデート気分でもプレゼントさせてもらうとするさ」
素直に感謝を伝えたつもりではあったが、どうやらデートという言葉に反応したらしい彼女が、急に顔を赤く染めて慌て始める様子に、悪戯心が疼き出す。
「それとも、俺が相手じゃ不満かい?」
「そ、そんな聞き方はずるいと思います!!」
案の定真っ赤になって否定すしながら、おずおずと伸ばしてきた手を取って握る。
「今日という今日は付き合ってもらうぜ?」
とんだ意趣返しですね、と恥ずかしさを誤魔化しながらも繋いだ手は放さないお前さんとなら、たまにこうするのも悪くないか。二着目の服を見立ててもらう算段をしながら、俺は休日の午後を充実させた。