雨彦さんが上京してからずっと通い続けている馴染みの焼き鳥屋さんに、打ち上げの後案内してもらったPさん。
大将の冷やかしも軽くいなしてスマートに注文。だったら、とっても、かっこいいです。
@toasdm
俺は二軒目はいつもここって決めてるんだ、と酒が回って上機嫌の葛之葉さんが暖簾をくぐる。海外ライブの打ち上げの後、ちょっと寄ってくかい、と声をかけてきたのは葛之葉さんの方だ。まだ話し足りないことでもあるのかと思って聞いてみたけれど、どうやら足りないのは話ではなくて飲みの方みたいで、お前さんならまだまだいけそうだったからな、とすっかり酔いつぶれた他の面子を送り出してから、葛之葉さんの案内で小さな焼き鳥屋へと入る。肉とタレとの香ばしい匂いが立ち込める店内、もうもうと白煙を撒き散らす焼き台の向こうから響いてくる威勢のいい声。
「へいらっしゃい!」
「よっ、大将邪魔するぜ」
やりとりからわかる常連感。手馴れた動作でカウンターの椅子をひき、私に席を促して葛之葉さんはカウンターの脇から、勝手に水とおしぼりを持ってくる。本当に常連さんなんだろう、動きに一切の迷いがない。大将、と呼ばれたおじさんは頭に鉢巻を巻いて、一心不乱に焼き鳥を焼いている。私達の他に、奥のテーブル席に三組ほどお客さんがいるようで、恐らくは彼らの注文を焼き上げているんだろう。汗と煙にまみれたおでこをシャツの片袖で拭いながら、軍手をはめた両手で次々と焼き鳥を焼き上げていく。
「あれ、あんちゃん珍しいな、女連れかい!」
ちら、と顔を上げてカウンターを確認した大将が、葛之葉さんと私の姿を見るなりにやり、と笑って冷やかしてくる。おしぼりで手を拭きながら葛之葉さんはやれやれ、と言って一口水を飲んでいる。
「馬鹿言うなよ、まだ俺の女じゃないさ」
「っ!?」
それに倣って水をいただこうとした私は、葛之葉さんの言葉に耳を疑って瞬間思わず隣を見た。カウンターに肘をついて水を飲む葛之葉さんは、それだけでキリッとしていて絵になる。頬が赤いせいもあるだろうか、飲んでいるのは水のはずなのに、まるで日本酒のCMのようにも見えるくらいの魅力がある。そんな魅力的な葛之葉さんが、まだ、俺の女じゃない、なんて……心臓が無駄にばくばくと言い始めて、なんとか頭を働かせて、きっと葛之葉さんはお酒に酔っているから、いつもの冗談もそんな雰囲気になるんじゃないか、と勝手に自分を納得させる。
「おっ?まだ、ってことは狙ってんのか!っはーーーー!これだから色男はやだねー!」
「はは、言ってろよ」
「おーやだやだ、その余裕ぶってんのもまた色男で腹立つねぇ!あんちゃんいつものでいいのかい!」
「お任せだ」
「そっちの嬢ちゃんも、ビールでいいかい?」
目の前で繰り広げられる軽口の応酬に目を白黒させている私に突然話を降らないでほしい、と言ったところで注文は聞かなければならないのは当然で。急に話を降られてどぎまぎしはじめる私の横で、葛之葉さんがさっとドリンクメニュー表を見せてくれる。
「あっ、ええと……」
「お前さん、梅酒は好きじゃなかったか?」
「いいえ!大好きです」
「だったらこれ頼んでみな、おすすめはロックだ」
「大将の梅……へー、じゃあ、大将の梅、ロックでお願いします」
「あいよォ!大将の梅ね!」
相変わらず威勢のいい返事で、大将がせわしなく動き回る。はぁ、と水を置いて溜め息をついた葛之葉さんが、申し訳なさそうに眉尻を下げている。
「すまないな、ああでも言わないとうるさいんだ、あの大将は」
「あ、いえ……」
そこまで悪い気はしなかったのは事実だし、ただ、少し色々と驚いてしまったことは間違いないのだけれども。正直にそういうと、隣の葛之葉さんが喉の奥でくつくつと、笑いをかみ殺しながら言った。
「そうかい、そいつはすまなかったな」
「いえ、本当に、気にしていませんから!」
「へぇ……だったらお前さん」
いつものからかうような、飄々とした印象がすっ、と消えた瞳は神妙さを放って、じっと覗き込まれていると呼吸を忘れてしまいそうになる。だったら、と続ける低い声が、騒がしい店内の雑踏を振り払って、私の耳に真っ直ぐ届く。
「少し本気出して狙ってみたら、落ちてくれるっていうのかい?」
俺にさ、と目を細めて笑う葛之葉さんが、本気なのかどうかがわからないのは、きっとお酒のせいなんだと思う。お酒が入っていなくてもこんなことを言いそうな人ではあるけれども。でも少なくとも、私はここまで、動揺したりはしないはずだし、きっともっと上手に切り返すことだってできるはず。葛之葉さんの妖艶な仕草や表情に酔わされて、きっとこんな妙なことは口走らない気がする。お酒のせいでもなかったら。
「もう落ちている可能性だってありますよ」
「……なるほど、な」
あいよお待ちィ!とカウンターに置かれた梅酒のグラスを手にとって、葛之葉さんのビアジョッキと軽く打ち合わせて乾杯をする。本気でいってみるか、と聞こえたような気がしたけれど、きっとそれも、お酒のせいなんだろう。なにせ私は、葛之葉さんの本気に弱いらしいから。
さっきの真剣な眼差しを思い出して赤くなるほっぺたにグラスを押し当てながら、私達は大将おすすめの焼き鳥が焼けるのを待っていた。