@toasdm
ざあざあと強く降る雨音はもう、どれくらい続いているだろうか。幾億もの雨粒が屋根も窓もドアも叩く、夜半の豪雨。冬の雨は冷たい。もしかしたら雪になるかも、と明日の天気を案じた私は、カーテンに潜って外の気温を確かめるべく、ほんの少しだけ窓を開ける。
「…え」
街灯の下、人影は長く伸びている。降りしきる雨の中、ぽつんと立ち尽くす見覚えのあるその影に私は思わず声をかける。
「雨彦さんっ!?」
くるり、とこちらを見上げた顔はやっぱり、雨彦さんで、疲れているのか冷えているのか、その表情は硬かった。早く上がってください、と声をかけるやいなや、私は窓を閉めてタオルを手にして玄関へ向かう。
雨粒よりもしっかりと、ドアを叩く音を響かせて雨彦さんが現れる。いつもあげている前髪は濡れて額に張り付いていて、まるで別人のように見えて少しどきりとする。
「雨彦さんびしょびしょじゃないですか?!こんな天気が悪くなるまでなにしてたんですか…」
持ち出したタオルを頭に被せて、まずはがしがしと髪の毛を拭きあげる。寒い、と言葉をつむいだ唇は血色も悪くて、このままでは本当に風邪を引いてしまいそう……。
「すまない……ちょっと、いろいろあってな……」
仕方のない人だ……。嘘はつかないけれども全ては言わない雨彦さんを、これ以上言及したところで理由なんて聞き出せるわけもないし、今はそれよりももっと大切なことがある。
「風邪ひいちゃうので早く入ってください」
「……おう」
靴下脱いでくださいね、と濡れ鼠になった雨彦さんに声をかけて、もう一枚タオルが必要そうだな、と判断して、ついでにお風呂にも入れてあげなくちゃいけないのだから、と私はバスルームへと向かう。バスタブに湯を張って脱衣所に戻り、大きめのバスタオルを手にして再び玄関へ。雨彦さんは濡れたブーツを脱ぐのに苦戦していたようで、ようやく靴下を脱ぎ始めたところだった。
「何があったかは聞きませんが、風邪でもひいたらどうするんですか」
「ん?まあ、その時はお前さんの世話になるとするさ」
堂々とそんなことを言ってのけるのだから、本当に、この人は……。既にぐっしょりと濡れてしまった一枚目のタオルと交換に、ふわふわのバスタオルを差し出して、早く上がってくださいと促せば、おとなしくそれを受け取って雨彦さんは部屋に上がる。
はあ、とついた溜め息はなんとなく重苦しそうで、本当になにかがあったんだろうか、と心配をする私にちらりと流し目を向けて、そこでようやく雨彦さんに表情が戻り始める。
「よく言うじゃないか」
「何がです?」
「水も滴るいい男、ってな」
ニッ、と笑う雨彦さんの整った顔は確かにいい男、だと、思う。けれども、それを許容できるほど私は寛容にはなれない。担当アイドルが病欠なんて、プロデューサーの名が廃る。
「冗談も大概にしてくださいね!今お風呂沸かしてますから、とっとと入ってあったまってください!」
いつもの飄々とした読めない顔も魅力的だとは思うけれども、物憂げな表情もミステリアスでセクシーだと思う、なんて言ったら調子に乗るのはわかっているからあえて言わない。とにかくこの現状を打破すること最優先に、私は雨彦さんをバスルームへと追い立てる。
「着替えはありませんからしばらくそこであったまっててください、服は乾かしますから」
「つれないなぁ、お前さんは」
くつくつと笑う雨彦さんを尻目に、私はてきぱきとお風呂の準備を済ませる。下着も乾かすなら乾燥機にかけなきゃ、と洗濯機を開ける私の後ろに影が伸びてきて、影から手も伸びてくる。
「何してるんですか」
「色男を目の前にして、本当にお前さんはつれないな……」
「邪魔しないでください」
耳元で囁かれるのに弱いのを、知っているくせに……冷え切った腕が触れる首筋にぞくりとして、思わず漏れた私の声に気をよくした雨彦さんが、なあ、と粘度の高い声で私の耳を埋め尽くそうとする。
「どうせなら、一緒にあったまろうぜ?悪いようにはしないさ……」
「誰が雨彦さんの服を洗って乾かすと思って、んっ、ちょっ、雨彦さん、んっっ!!」
雨音と湯を張る水音に混ざって、耳に這わせた雨彦さんの舌の音が響き始めて、私は身を捩る。流されてはいけないと、思っても……ああ、この人には本当に、勝てる気がしない。
いつの間にか服を脱いでいた雨彦さんは、自分でそれを洗濯機へと放り込んで、次はお前さんだな、とあっという間に私も脱がせて、下着の果てまで同じく放り込む。
「ちょっとぉぉ……も、うわっ!?」
あったまれば結果は一緒だろう?と私を姫抱きにして、雨彦さんは笑う。もうどうにでもなれ、と投げやりになった私は甘んじてそれを受け入れて、せめてもの抵抗に、とその薄い唇にそっと自分の唇を重ねた。ざぶん、とバスタブに浸かりながら漏らした雨彦さんの溜め息は、さっきみたいな重苦しさのない、優しい雰囲気に変わっていた。