@toasdm
「少々、ここで待っていてください」
繋いでいた手を突然離されて、え、と見上げた私に微笑むと、クリスさんはすたすたと歩いていく。
「May I help you?」
よく気が付いたな、とまず思った。もしかしたら背が高いからかもしれない、とも。人でごった返した券売機のそばで、切符が買えずに困っていた外国人老夫婦にクリスさんは、淀みなく迷いなく、綺麗な発音で話しかける。笑顔で切符の買い方を説明して、笑顔で手を振って二人を見送ると、クリスさんは小走りでこちらへ戻ってくる。
「すみません、あなたを一人にしてしまいましたね」
申し訳なさそうに眉尻を下げるクリスさんに、さっきまで見とれていたなんて恥ずかしくて言えないけれど。ちょっと迷ってから、格好良かったです、と素直に言うと一瞬驚いたような顔をして、すぐまた照れたように眉尻を下げて笑う。ありがとうございます、の声の優しさに、なんだかこちらまで照れてしまいそうになる。
「ご夫婦で、観光旅行だそうです」
イギリスからいらしたそうですよ、と教えてくれたクリスさんが差し出してくれた手を握り返して、デートの続きを再開しようとした私の耳に、クリスさんが内緒話をするようにそっと口を寄せてくる。
「私達も、あのご夫婦のようになれたらいいな、と思ったんですよ」
くすぐったさと気恥ずかしさに思わずクリスさんを見上げると、辺りを見渡していたクリスさんが振り向きざまに頬にキスをする。
「日本では馴染みのないことですが」
ニコ、と天使のような微笑みでクリスさんが言う。
「あのご夫婦は普段からこうして、手を繋ぐような感覚でキスをされるのだそうです」
「素敵、ですね……」
「ええ、本当に。 そうありたいものです、これから先も、あなたと――…」
ぎゅ、と指を絡ませ合って、私もそう思います、と言えば、また照れたような天使の微笑みで、繋いだ手の力を少しだけ強めてくる。力は男らしくて、心は優しくて。私の中にまたひとつ、クリスさんを好きだと思う気持ちが積み上げられて、嬉しくなる。
「……さっきのクリスさん、本当に格好よかったです」
格好良すぎて困ります、と俯く私をからかうように顔を覗き込んだクリスさんが、お困りですか?と人差し指を口元に当て、いたずらっぽい笑顔でさっきと同じ発音で言う。
「May I help you?」
そんな格好いいの、狡いと思う。ドキドキしすぎて真っ赤になる私の、今度はおでこに、クリスさんはもう一度キスをする。行きましょうか、と手を引くクリスさんも赤くなっていることに気付いた私は今、確かに、クリスさんの助けが必要みたいだ。