@akirenge
【あるいは夢か、それは】
二月某日、夢野久作が帝國図書館分館に転生して、数日が経過した。
帝國図書館分館は國が運営する国定図書館である帝國図書館の分館であり、謎の敵である侵蝕者によって穢された書物を浄化する専門の図書館だ。
正確に言えばそのために整えられた場所だ。
「本館の方は整頓が、追いついていないと言いますね」
自分を転生させたのは尾崎紅葉だった。
”主が夢野久作か”と言われたことを覚えている。そして夢野は特務司書の少女や帝國図書館の分館の主やその手伝いと逢ったり、
他の文豪とも会ったりした。
ルールをいくつか聞いたが、その中の一つにローテーションで帝國図書館本館を手伝うと言うものがあった。
閲覧専門の図書館である帝國図書館は発行された全ての書物が集められている。集めようとしているとも言うが、
そのため、整頓の手が足りていないのだ。
分館の方は貸し出しカードに書けば本を借りることが出来るため、夢野も何冊か本は借りてみた。
借りた本は文庫本だったり、ハードカバーの本だったりしていて、バラバラだ。
今日の夢野は潜書を終えているため、呼ばれない限りは暇である。
「……ルールとしては、外に出る時は門を出来るだけ通って守衛に行き先を言うこと……ただ、仕事中は許可を貰え」
今の夢野は散策中だ。敷地内ならば自由に居ても良いが見つかりやすい範囲で居てくれ、とのことだ。
ある程度、文豪には自由が与えられているが、それはルールを守ったらの話だが、破ろうとする者は居ない。
なぜならば破ってしまえば責任は帝國図書館の館長と特務司書の少女に行く。特務司書の少女だけに行かないのは、
”個性的すぎる文豪達を特務司書一人に管理させるって馬鹿を言っている”と言う意見があったからだ。
文豪は現在は四十八人、いる。
「中庭ですね」
大雪の名残がほんの少しだけ残っている中庭は、静まりかえっていた。大雪については夢野は話にしか聞いていないが、大変だったらしい。
中庭にある大池に近づく。濁った池で、中が見えない。
試してみたいことが、あった。
分館から借りてきた本の一冊と<自分の本>を手に取る。他の借りてきた本は傍らに置いた。
池の真上に二冊の本を持ってくる。
そして、手を離そうと。
「いけませんよ。本を水に浮かべては。分館の主も司書殿も、怒ります」
「乱歩さん」
止められた。振り向いてみれば、そこに居たのは江戸川乱歩だ。かつて遠い存在でありながら、今はそうでもなく、近くに居る者である。
「怒りだけですめばいいのですが、貴方だけならまだしも、皆まで巻き込まれるのは」
「解りました。辞めておきましょう。乱歩さんはどうしてここに」
文豪達は各々、本を一冊持っている。かつての著作の表紙だったり、もしくは”その文豪”をイメージした表紙の本だ。
これは本の世界……正確に言えば人々のその本のイメージ……に潜書し、侵蝕者と戦うときに武器にもなる。
夢野としては分解すれば良いのでは無いかと言う想いがあり、それもしてみたかったのだが、ふと、水に沈めたくなってしまったのだ。
乱歩は微笑むと、手に持っている風呂敷包みを見せた。
「堀君が団子を作ってくれたので、分館に持って行くのですよ。あなたもどうです?」
「そうですね。ここは一緒に行きましょう」
堀辰雄はお菓子作りの達人と言われている。甘味好きの文豪が多かったり、特務司書の少女も甘党と聞いている。
「貴方もある程度は馴染んだ方が良いですからね」
観察しているような、揶揄をしているような声で言われる。
「ある程度、馴染めば何をしても良いのですか」
「節度ある行動を、ですよ。もっとも、ご飯を青くしてみたワタクシが言える義理では無いですが」
節度ある行動にご飯を青くするは入らないだろう。本を拾い上げた夢野は乱歩に着いていき、帝國図書館分館の中に入る。
入った途端に小柄な少年が乱歩に飛びつくようにぶつかってきた。
「乱歩さん、お団子」
新美南吉、童話作家だ。少年の姿で転生している。いたずらっ子であり、乱歩とも仲が良い。抱きついてから笑顔を見せると
すぐさま乱歩の手から重箱を奪っていく。重箱はとても大きいので両手で抱えていた。
「おお、腹がへっとったと」
「夏目先生が、速くと。……内線で連絡は受けていました。団子の中身は」
次に来たのは徳永直、プロレタリア文学の作家であり、隣に居るのは久米正雄だ。夏目漱石の弟子の一人である。
「三色団子や餡子の団子など、各種、揃っていますよ」
分館はごく一部の区域を除いて飲食禁止だ。それもルールの一つであるが、飲食室は別だ。その中では食事が出来る。
「それと、伝言ですが本館の本の整頓の手伝いを真面目にやってくれる者を集めて本格的に整頓に入ると」
「……真面目に……ですか」
「最近、侵蝕者以外でばたばたしとるが、どれも大事や。本館の本はどれもこれも禁帯出みたいなもんやけど、なくなっとる可能性があるとか」
「分館ならば管理者が非常に厳しいのですかね……」
久米と徳永が口々に言う。対侵蝕者以外で足を引っぱられることもあるようだが、解決していくしかないように乱歩が言う。
研究やら浄化やらで時間は削られていくが、
「やるべきことはしますよ。新参ですが」
「働いてくれるなら、よか!」
「整頓を夢野さんがするというのならば、ワタクシも付き合いましょう」
「それについては、団子を食べながらで……夏目先生が皆で食べようと言ってきていますから」
まだ慣れないところもあるし、狂っていないと想うような面を見せようとすれば止められることもあるが、
それはそれだ。
夢野はこれからの日々を夢想し、笑う。
愉しみは、どこにでも転がっていた。
【Fin】