@akirenge
【満ち潮の夜】
目が冴えた。
志賀直哉は居住区にある自室で目を開けたまま、頭を掻いた。寝間着姿のままで散歩に出ることにする。
朝が来るまで、まだ時間はあった。
上着を引っかけて、他の文豪達を起こさないようにそっと自室を出ると、外を歩いた。
満天の星空の下、起きて居るであろう。起きているしか無い人物に、逢いに行く。
夜とは言え、かろうじて敷地内ある外灯で道は解る。
「なんであんなところにいるんだよ」
目的の建物にたどり着いた。帝國図書館分館とこの建物は言われている国で発行されている書物全てを集めている
帝國図書館で近代文学を中心に集めているとされている分館だが、実体は謎の敵である侵蝕者を浄化している図書館だ。
その帝國図書館の分館は建物の屋根の上に座っていた。
分館の建物自体は洋館であるのだが、主である外見十代の少女は黒の長髪を伸ばし、黒の瞳で屋根の上に座り、空を見上げていた。
着ているのはゴシックロリータと呼ばれている衣装だ。
「おい。暇なのか」
聞こえるように志賀は彼女に呼びかけた。彼女の名は<加護者>。アルケミストである特務司書の少女に利害の一致で協力をしているモノだ。
特務司書の少女が特務司書をやる前から共に居たと言う。
呼びかけに気がついた彼女はそこか姿を消した。
『暇なのよ。仕事を終えたし、本を読む気分では無いから。どうしたの? 小説の神様』
背後に現れた加護者を志賀は驚かないように受け入れた。何せ、そうするとは解っていたのだ。始めてで逢ったとき、
加護者は志賀の背後に立ち声を掛けて抱きついてきたのだ。
かけた言葉の最後の方は皮肉だ。
「起きて、目が冴えたら散歩にきたんだよ。どうせお前は起きているし」
『ええ。起きているわ。眠れないもの。中に入れば。寒いから』
「お前は」
『気温系はオンオフ調整が出来るのよね。出ているだけだもの』
加護者は志賀を手招きして分館の中に案内する。加護者が扉に手を触れれば、扉の鍵が勝手に開いた。分館のマスターキーは特務司書の少女と館長と
徳田秋声が持っていると言うが、加護者自体は分館ならばかなりの操作ができる。
「ほぼ、ここにこもりきりだろうが」
『最初に設定をしたとき、ここを基点にして離れないようにしたのよ。あの子の元には行けるけど、あの子は寝ているわ』
特務司書の少女も引きこもりに近いところがあるが、加護者はさらに輪を掛けている。分館の灯りが勝手についた。暖房も入る。
術式、こちらの世界に逢わせるならアルケミスト系に分類されるらしい力やら科学力で、分館関連についてはどうにかしているらしい。
「アイツとはそれなりの付き合いなんだろう」
『産まれてからずっと一緒というわけでは無いわ。それなりよ』
「放置気味だったり、妙なところで過保護だったり」
『過保護じゃ無いわよ』
反論はされるが、過保護だろう、とは志賀は想う。
手を抜いているところは手を抜いているが、過保護なところは過保護なのだ。しかし特務司書の少女曰く、ここでなら喋っているだけで本来は
そこまで喋る存在では無いと言うが、
「聞くんだがアイツについてはどう思って居るんだ」
『鈍いところは鈍いとか、生きなければならないと自分に課しているとか、難儀な子、とは想うわね』
黒いテディベアのぬいぐるみを取り出して加護者は抱きしめている。これも伝聞だがあのテディベアは加護者と特務司書の少女が出会う前に
なくしたものであると言う。それを彼女の記憶から見て再現したそうだ。
(忘れないように、か)
もう戻らないものを忘れないようにと言う戒めか、それを特務司書の少女に与えているのか、加護者は言葉を続ける。
『私からすると難儀な者が多いわねぇ。どこもかしこも』
ぬいぐるみを抱きしめているのか、押し殺すような笑いを彼女は浮かべた。
「お前こそ、難儀じゃ無いのか。寝る必要もなくなって、やることをやってから暇を潰し続けて」
『別に。ずっとずっと前からしていたことよ。私が、私になる前から』
「ずっと?」
『……ずっと、ただ一つ、の』
一瞬、加護者が頭痛を堪えたような表情を浮かべた。何度か頭を振る。
「どうした」
『何でも無いわ』
加護者はそう言う。志賀はしばらくそのままでいてから、やがて加護者を背後から抱きしめてみた。
人間を抱きしめているような質感はある。
「小さいよな。お前」
『……あのね……本来の姿はもっと大きいんだから』
「一瞬だけ見たことはあるけど、一瞬しか出来ないんだろう」
無言になった加護者の姿が消える。少ししてから志賀の前に、十代後半から二十代ぐらいに見える黒の長髪に黒い瞳の少女が現れた。
本来の加護者であるらしい。らしいというのは実際の処、加護者の目は赤いと聞いているからだ。
着ているのはゴシックロリータでは無くゴシック系、レースやらフリルが消えているものだ。
『気配は押さえつけているのよ。ここだと』
可能な限り、抑えているというか、実質の気配はかなりの異質なものであるというが、
「この姿で司書に逢ったのか」
『固定されたというか……』
「……固定?」
『昔の話よ』
一瞬だけ姿を見せると、十代の少女の姿に戻る。
「あの姿って知っているのは文豪の中だと俺だけか」
十代から二十代ほどの、女性の姿。
『あなただけね』
「そうか」
志賀はその言葉を聞いて、何かが満たされた、気がした。
【Fin】