@toasdm
「お前さん、昼はまだかい?」
「ああ、葛之葉さん。お疲れ様です、まだですよ」
溜まった仕事を片付けたらですね、と答える私のデスクの横に腰掛けた葛之葉さんが、だったら一緒にどうだい、と竹皮の包みを取り出して置く。一目見てそれとわかる雰囲気、綺麗な指先で包みを開いて取り出したのはおにぎりだ。
「わあ、今どき竹皮に包んであるなんて、風情があっていいですね」
「ああ、俺もそう思ってつい、な」
買い過ぎちまったんだ、と笑う葛之葉さんは、おかずもあるぜ、と浅漬けとから揚げを袋から取り出してデスクに並べた。近所に新しくできた弁当屋に立ち寄ってみたらあったんでな、と給湯室へ向かい、すぐにお茶を二つ用意して戻ってきて差し出してくれる。
「ありがとうございます」
「なに、いつも頑張ってるお前さんにちょっとしたサービスさ」
ひと段落着いた仕事の手を休めて改めておにぎりをみる。可愛らしい形の丸みを帯びた三角形、その頂点には中の具を示しているのか昆布だとかたらこだとかが乗っていて、なんとも趣があってほっとした気分になる。
「葛之葉さんはどれにしますか?」
「ん?俺かい?」
そういえば葛之葉さんって何が好きなんだろう、と一瞬考えたけれども、その答えはすぐにわかった。手包みの海苔に紛れてひとつだけ、明らかに異彩を放つ狐色をつまみあげて葛之葉さんはニッと笑う。
「もちろんこいつさ」
「ふふ、お稲荷さんですね」
葛之葉さんらしいです、と笑う私の目の前で真上を向いて大きな口を開け、葛之葉さんはそれを一口でぱくりと食べてしまう。口の端についたおあげさんの汁を親指で拭って指先をちゅっ、と吸い、喉仏を動かして嚥下する一連の動作、その一部始終に気が付けば私は目線を奪われていた。ぽーーっと見蕩れてしまうようなその動きは、なんともいえない色香を放っているようで、うまいな、と目を細めて笑う葛之葉さんに、お稲荷さんごと食べられてしまったような錯覚すら覚えるほどに、私はくらりとめまいにも似た感覚を覚える。そんな私に気付いた葛之葉さんは、お茶を一口すすってこちらを見て言った。
「なんだ、食べないのか?」
「えっ!?」
「見てるだけじゃ腹は膨れないぜ?」
からかったような笑い方は絶対わざとだ、と急に熱くなる頬をごまかすように、私もおにぎりをひとつ手に取って食べる。ふんわりと握られたおにぎりは、持っている間はきちんと可愛らしい形を保っているのに、口に入れた瞬間にふわりとほどけて食べやすい。
「ん!おいしいですね、これ!」
「……そうかい」
お腹がすいていたのか、手にしたおにぎりを両手でしっかり支えながら、私もあっという間に食べ切った。さてお茶でも、と思ったのだけれども、葛之葉さんが急に私に手を伸ばしてきて一瞬動きが止まる。
「え?」
「こんなとこに弁当つけて、お前さんはどこに行くつもりなんだ」
苦笑しながら私の頬にちょんと触れ、ご飯粒をつまんだ手がそのまま葛之葉さんの口元に運ばれる。人差し指にくっついていたご飯粒をぺろりと舐めあげて、またさっきみたいに妖艶な微笑を浮かべてこちらを見ている。
ご飯粒をつけていたのもそうだけれども、そんな風に食べられると例えようのない、身の置き場に困ってしまうような恥ずかしさに襲われる。葛之葉さんが食べたのはお稲荷さんでありご飯粒であるにもかかわらず、なんだか本当に、私ごと食べられてしまったように感じる。
「別にお前さんごと食っちまおうって話じゃないんだぜ?」
「な、何も言ってませんっ!!」
見透かされているのもまた恥ずかしくて、本当に居たたまれない。どうだかな、と笑いながら浅漬けをつまむ葛之葉さんが、二つ目のおにぎりを手にとって、また二口くらいで食べきってしまう。
「男の人って、一口が大きいですよね……」
「ん?まあ、お前さんからしてみればそうかもしれない、か……?」
ずず、とお茶をすすって何かを思いついたような顔になった葛之葉さんが、にやりと笑って頬杖をつきながら私を見つめて言う。
「お前さんくらいなら、一飲みにいっちまえるかもしれないな」
どうだ、食われてみるかい?と完全にからかっている口調に、気恥ずかしさとほんの少しの腹立たしさを覚えて、私は小さな反抗を試みる。まだ熱々の湯気を立てているから揚げを葛之葉さんの口に無理やり押し込んで、からかわないでください、と照れを隠した。
「熱い熱いって、はは、悪かったよ」
「人をもてあそんだ罰です!」
本気だったらどうするんだ、と笑う葛之葉さんの言葉を無視して、私はもうひとつおにぎりを手にとって食べ始める。今度は隙を見せないように、ほっぺたにご飯粒をつけないように、と慎重に食べながら、私の昼休みは穏やかに賑やかに過ぎていった。