@toasdm
思いの外溜まっていた仕事の山を片付けながら、担当のスケジュールを確認する。今日は珍しくLegendersの三人が、それぞれバラバラのスケジュールが入っている。葛之葉さんは雑誌の撮影、北村君はバラエティのロケ、クリスさんはレッスンと打ち合わせだ。午前中のレッスンの後は少し余裕をあけて、午後三時からの打ち合わせだからきっと、クリスさんは隙間時間で一本潜ってくるだろうな、と思うと自然と笑いが溢れる。クリスさんは海が好きだ。そして、それと同じくらい私の事も、好きだと言ってくれている。
嬉しいな、と弾む気持ちは外に出てしまっていたらしく、今日はすごく機嫌がいいみたいですね、と苦笑する山村君に言われて初めて、自分の鼻歌に気がついて赤面した。
「なにかいいことあったんですか?」
「ん?んー…毎日が、いいことのある日みたいなものだよね」
うわーリア充ー、と冷やかす山村君がコンビニのサンドイッチをつまんでいるのを見て、そういえばもうそんな時間か、と時計を確認する。そろそろクリスさんが海に向かう頃だろうか、と笑いを噛み殺し、私は再び仕事の山に取り掛かる。食事を摂る暇も惜しい、というほどではないのだけれども、やりかけのままいつまでも放っておくのはなんとなく性に合わない。我ながら面倒くさい性格をしているな、と溜め息をつきながら気合と共に書類の山を確認しはじめた。
「おや?まだお昼ではないのですか?」
「うぇ!?」
ふふ、と上品に笑う声と共に、振り返った私の視界に飛び込んできたのはミルクティー色をした綺麗なロングヘア。そんなに驚かないでください、と微笑むクリスさんは、いつの間にか私の後ろに立っていて、どれだけ集中していたんだろう、こうして後ろから抱きすくめられるまで本当に全く気が付かなかった。
「気配を消していたわけではないのですが…」
「いっ、いえ、私もちょっと、集中しすぎていたもので」
「その様子だと、お昼はまだのようですけれども…」
「あ、その…あんまり、おなかも空いていませんし……」
と言ったそばから正直になる私の腹時計の音に、クリスさんは吹き出して笑う。
「そんなかわいらしい音を立てているのに、ですか?」
「わーー、恥ずかしいから、聞かなかった事にしてください!」
ただでさえ耳元でクリスさんの声がしていて、肩に掛かるサラサラとした髪の毛の感触だとか抱きしめられた背中から伝わる温もりだとかで頭が上手くまわらなくなってしまっているのに、おなかの鳴った音まで聞かれてしまった私はそれでも、はっ、と正面を向く。
「えっ、山村君は!?」
「ああ、彼でしたら気を利かせてくださったようですけれども」
私と入れ違いにどこかへ行かれましたよ、と言うクリスさんにぎゅう、と抱きしめられて、こんなところ見られたらたまったものじゃないです、と思わず漏らした私の耳に、そっと唇を触れさせてクリスさんが語りかけてくる。
「……こんなあなたの顔、私がどなたかにお見せするとでもお思いですか?」
「んっ……!」
あなたは本当に可愛らしいですね、の声に耳から脳まで溶かされて、何も言えなくなった私に代わってもう一度、おなかがくきゅぅー、と音を立てる。
「ふふっ、お返事まで可愛らしいんですね、あなたという人は」
「うぁーー……もぉぉ!!私のおなか少し黙っててーー……」
「でしたら、ご一緒にお昼でもいかがですか?」
私もおなかが空いているのです、と笑ってクリスさんが離れる。でも、事務所を無人にするわけにもいかないから、と言った私の目の前で、それでしたら、とクリスさんがどこかへ電話をかけ始めた。
「あ、私です、ええ。はい。…ふふ、ええ。先ほどはありがとうございます。はい、もう大丈夫ですよ、これから出かけますので、お戻りいただけますか?はい、はい。助かります、では」
「あの、クリスさん……?」
どこに電話をかけていたのだろう、と首をかしげた私に向かって、クリスさんは少し恥ずかしそうに笑う。
「…あなたと、二人きりになりたかったので、彼には屋上へ避難していただいていたのですよ」
「えっ!?」
そういえば、と記憶を手繰り寄せると確かに、クリスさんが来る前に電話が鳴って、山村君が電話を取っていたような気がする。もしかして、と急に熱くなる頬に手を当てていると、ご明察ですよ、とクリスさんはにっこりと笑って私の手を取る。
「もうすぐ戻られますし、ね?」
「ん、んっっ……!」
そしてそのまま引き寄せられて、優しく抱きしめてキスをしてくれる。温かい気持ちが唇から流れ込んでくるような感覚に、心がするするとほどけていく気がする。緩んだ緊張に本日三度目の空腹のベルが響いて、もう本当におかしい、と全身で表現しながらクリスさんは笑っている。
「本当に、あなたという人はどこまでもどこまでも、私を惹きつけるのですね」
行きましょうか、と差し出された手を取って握れば、優しいのに男性らしいクリスさんの手の大きさと温かさが、全身に染み渡るような気がする。今日はラーメンでもいかがでしょうか?というクリスさんの提案に、もう、おなかが音を出さないところだったらどこでもいいです、と投げやりに答える私の頭を軽く撫でるクリスさんが、では、近場にしましょうと手を引いてくれる。
背後で事務所のドアが開く音がする。山村君かな。やけに嬉しそうなクリスさんの手をもう一度強く握ったのとほぼ同時に、今度はドアが閉まる音がした。私とクリスさんのランチデートはその音から始まった。