@toasdm
ふっ、と息を吹きかけたヒトガタの紙が風に乗って宙を舞い、ひらりと回転して床に落ちる。うっすらとくすんだ色になったそれを、ざり、と踏みつけた獣の足は白く、タッ、と床を蹴り雨彦の肩に乗る。白い狐の形の霞は、雨彦の肩でゆらゆらと霞んで安定しない。
「どうした、まだ寝ぼけてやがるのか」
『久シ振リニ召喚ンデオイテ、随分ナ言イ草ダナ、アメヒコ』
ヴゥン、と空間を振動させて、濡れた犬が身震いをするような仕草をとった白狐が子供のような声で言うと、体の輪郭がくっきりと描かれる。ようやくしゃんとしやがったか、と実体化した白狐の喉元をひと撫ですると、雨彦はデッキブラシを持ち直して床をトン、と打ちつけた。
その瞬間、ぞわりと空気が重力に逆らって、白狐と雨彦の周囲にバチバチと、黒い光が爆ぜて跳ね回る。白狐の大きく太い尻尾の毛束が天井に向かって逆立ち、スン、と鼻を鳴らした狐は雨彦の肩の上からじっと床を見下ろした。
『床下掃除カ……面倒ダナ』
「まあそう言いなさんな。俺やこいつじゃ届きそうにないんでな」
デッキブラシで床を打ち付ける度、床板の隙間からじわじわと漏れ出すような黒い埃の染みを睨めつけて、雨彦はもう一度狐を撫でる。さァて、掃除の時間だぜ、と口元を歪めて深呼吸をして、雨彦は力強く言い放った。
「我、葛之葉の氏の下に妖の獣を使役する也!……食い散らかしてこい、白蓮狐ォ!」
どう、と一陣の風を巻き起こし、正面に伸ばした雨彦の腕を伝って白狐が疾風のように解き放たれる。白い風が黒い埃を舞い上げて吸い込み、薄暗い板張りの蔵の中で白と黒との見えない渦がぐるぐると巡り始める。
『人使イノ荒イコトデ……!』
「ッハ、誰が人や、いいとこ狐っぽい妖怪やろ、阿呆が」
ニヤリと笑う雨彦がデッキブラシを構えると、付キ合イキレルカ、と吼えた白狐が床下から汚れの本体をぐるりと絡め取りながら中空に閉じ込めるように纏め上げる。
『後ハ、ウマイコト、ヤルンダナ』
「ご苦労さん、っと」
デッキブラシの先端に念を込めて、汚れの本体を閉じ込める白い風になったままの白狐ごと、雨彦は一気に振り下ろして叩き割る。白狐と黒汚はその瞬間に霧散して、高窓から差し込む月光の煌きの中、床板に千切れたヒトガタの紙がくしゃりと音を立てる。
「ふぅ、お掃除完了、か」
ご苦労さん、とヒトガタの紙を摘みあげ、雨彦はもう一度息吹を吹きかける。宙に再び舞ったそれは、今度は何も具現化せずに、星屑のようにキラキラと煌きながら空気の中に溶けていった。