@akirenge
【とある日のうどん】
居住区の簡易キッチンにある冷凍庫には冷凍うどんが常備されている。
深夜、徳田秋声は冷凍庫をあけた。店で使うようなものよりも小さいとは言え大きな冷凍庫だと特務司書の少女は言っていた。
中に入っている冷凍うどんを取り出す。
これがとても便利なのだ。
「どれで食べようかな」
常備してあるレトルトのパスタソースを取り出す。彼女が教えてくれたがパスタにかけるよりも、うどんにかけた方が楽だという。
「徳田か」
ミートソースをかけようか、それとも、置いてあるふりかけだけをかけようかとしていると幸田露伴の声がした。
「露伴さん。夜食を食べようと想って」
「……うどんか。つゆは」
「作るのが面倒で……」
つゆがなくてもうどんは美味しいし、つゆを作る気力が無い。
料理が出来る者たちであってもたまに包丁すら握りたくなくなるときがあるらしいが、秋声も現在はそんな感じだ。小説を書くのに
熱中をしすぎてしまったのだ。
「俺も夜食を作るところだった。座っていろ。暖かいものが良いだろう」
簡易キッチンがある部屋は四人がけのダイニングテーブルもある。ここで食事をすませることにしたのは食堂まで行く力も無いからだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
秋声は言うと椅子に座る。
露伴は秋声が取り出した冷凍うどんを煮ようとしていた。露伴が来てから大分立つが、彼のお陰で文豪達の生活が大幅に向上したと評判だ。
と言うのも、特務司書の少女はそこまで居住区には干渉しないし、しないようにしているため、生活がぐだぐだになっても、
止められないのだ。
(身長、高いなぁ)
後ろ姿を眺めながら秋声は想う。
下駄の分を抜いても露伴は非常に背が高い。二葉亭四迷が転生するまで、彼が一番文豪達の中では、背が高い。
生前、秋声は露伴に弟子入りをしようとしていたことがあった。師は尾崎紅葉だが、紅葉よりも露伴の方が生き生きとした人間を書くため、
好きだったとか、近寄りがたいと感じていたことがあった。
「おっ、秋声と幸田さん」
「芥川君と犀星か」
「二人とも、食事? 僕達もだけど」
待っていると来たのは芥川龍之介と室生犀星だった。二人とも下駄である。芥川は下駄の音で何となく彼が来たかが解るし、
犀星もだ。
「俺たち白さんや朔と芥川とトランプしてたんだよ。で、終わって腹が減ったから俺たちで来たんだ」
「ついでだし、作ろう。うどんだが」
言われて犀星と芥川も椅子に座る。
茹でる冷凍うどんが増えた。
「トランプはどんなのをしたんだい」
「ばば抜きとかジジ抜きとか、ジジ抜きはばば抜きとはスリルがあるよね」
ばば抜きはトランプの中に一枚だけジョーカーがあって、最後までジョーカーを持っていた方が負けというゲームであり、定番中の定番だ。
ジジ抜きはばば抜きと似ているが、ジョーカーが一枚の抜いた手札というところが違う。どれがジョーカーなのか解らないのだ。
「ダウトとかしようとしたけど、朔がダウトが下手でさ」
ダウトは一から十三までの札を順番通りに出していくゲームで、手持ちの札が無い場合、別の札を偽って出すことも出来るし
ルールによってはまとめて出すことも出来たが、嘘だと想えばダウトと言える。
もしも上手く当てられれば、札は出した物に全て押しつけられるが、外れたら札は指摘された者の方に来る。
誰が一番早く上げられるかを競うゲームだ。
「下手そうだよね……」
「でも、楽しかったよ」
「騒ぐのも良いよな」
うどんはすぐに出来ると言うか、露伴の手際が良すぎる。話ながら秋声の頭によぎったのは、また昔のことだ。
(犀星のと出会ったのは芥川君の紹介だったんだよね)
芥川の手引きで犀星と秋声は出会って付き合いは続いた。芥川と秋声の仲はと言うと、こじれたことがある。
『近代日本文芸読本』と言う小説のお手本本全五巻の編集をしていたときに秋声に許可の手紙を送ったはずなのに届いていなかったとか
事情がこじれてとにかく本に載せるのに許可を取っていないという事態になったのだ。
それに秋声が他の似たような状況に合った文豪を代表して手紙を送ったりもしていた。他のこともあり、今にして想えば、
芥川の自殺の一因ともなったのでは無いかとは考えることもある。
それを言えば、犀星もそうだろうが。
「出来たぞ。……疲れているなら食べてからすぐに休め。紅葉に見せる小説でも書いていたのだろうが」
「……出会いのことを考えていて……疲れているのかなって」
秋声は微苦笑を浮かべた。それは、露伴との出会いや芥川との出会い、犀星との出会いでもあって、
「僕としてはこうしてうどんを食べられるのが、良いですけど、僕も僕で、遠慮とか有りましたから」
「そうだぜ。とにかく、食ってからだな」
露伴が作ってくれた定番のおあげとかまぼこが載ったうどんがテーブルの上に並んだ。
芥川と犀星が言う。
一つの人生を、終えて。今こうしている中で、謎の敵と戦ったりすることとなって、こうなってしまったとか、あるけれども、
「考え込みすぎるな。悪い癖だぞ」
休め、と露伴が秋声の頭をあやすように撫でた。その手は大きくて、心地よかった。
「……そうするよ……暖かいものって、いいね……あの子からカルボナーラうどんとかコンソメうどんとか教わったけど……」
「司書さん、うどんが好きなのかな」
「調理が楽すぎるからだろうから」
「楽とは言え。程ほどにしておけ」
四人で話ながらうどんを食べる。
生前のことがあってからこそ、今昔をまぜこぜにした状態の今。うどんはとても、美味しい。
【Fin】