@toasdm
新作のドリンクを求めて入ったコーヒーショップ、空いている席を探してうろつく私に手を振る見知った顔。こんにちはー、とおっとりした口調の想楽さんに偶然ですね、と声をかけると向かいの席をすすめられる。お邪魔します、と席に着いたテーブルの上には、大学のレポートらしきものが広げられている。レポートですか?と聞いてみると、そうだよーと答える想楽さんは、アイドルと大学生を両立させている。単位を落とすことなく自分でしっかりスケジュールを組んで時間をやりくりして、これって結構すごいと思う。
「それ、新作でしょー?」
レポートをファイルにまとめてトートバッグにしまうと、想楽さんは私の飲んでいるドリンクを見て言った。次のお休みに試してみよう、とひそかな楽しみにしていた新作ドリンクは、この時期らしく桃のフレーバーがついている。これが楽しみだったんです、と答えながら一口飲んでみると、甘くてすっきりしている桃の香りが口の中いっぱいに広がって、爽やかな風味に私は思わず目を細めた。
「ふふ、おいしいー?」
「おいしいです」
一口ちょうだいー、と想楽さんはなんの躊躇いもなく私のドリンクに手を伸ばして、そのままストローに口をつける。ちゅうちゅうとドリンクを吸い込んで飲み込むと、ほんとだー、結構おいしいねーとにっこりする。あんまりそういうの気にしないのかな、と自分だけが間接キスを気にしているみたいで少しうろたえる私の様子がおかしかったのか、想楽さんはありがとうー、とドリンクを私に返しながら意地悪そうな顔で頬杖をついてこちらを見つめている。
「間接キス、気になっちゃうー?」
「そっ、そんな年でもないですよ」
見透かされてるみたいで余計に恥ずかしい。話題を逸らそうとあれこれ考えてみるけれどもちっともまとまらない私がドリンクを持て余していると、想楽さんが何か思いついたような表情でそうだー、と顔を上げた。
「プロデューサーさん、この後時間あるー?」
今日はこれを飲むためだけに出かけたようなものだから、特にこれといって予定はないと言うと、想楽さんは嬉しそうにニコニコしながら提案してくれた。
「だったらちょっと、付き合ってほしいんだけどー」
私でよかったら、と答えると、プロデューサーさんがいいんだー、と満足げな想楽さんに急かされてドリンクを飲み干し、私達は外へ出た。すっかり春仕様の装飾が施された街並みは、休日ともあって人の出が多い。はぐれたら困るからねー、と想楽さんの手が私に伸びてきて、手を繋いで歩く。
「なんかさー」
ぽかぽかと柔らかな日差しの差し込むビルの隙間から少しだけ見える四角い空を見上げて、想楽さんはゆったりとした雰囲気で言う。
「デートみたいで楽しいなーって、思わないー?」
僕は楽しいんだけどなー、とこちらへ視線を投げかけてきた想楽さんの表情は、陽だまりみたいに温かくて、意識すると急に顔が赤くなる気がして思わず私は目を逸らす。
「なんてねー。僕みたいなお子様相手じゃ、デートになんてならないよねー」
俯いて言う想楽さんがなんとなく寂しそうに見えたのと、自分の思った事を正直に言ってみようと思ったのと、二つの理由が私の口を割る。
「そんなことないですよ」
ほんとにー?とまだ眉尻を下げてこちらを見る想楽さんの手をぎゅっと握って、デートみたいで楽しいです、と口に出して言ってみると、恥ずかしさは急速に、私の胸から顔、耳まで至って熱くなる。
「…もしかして、照れてるのー?」
可愛いー、とニヤニヤする想楽さんはもういつもの想楽さんで、からかわないてください、と言うのがやっとの私の手を引いて、想楽さんは弾むように歩く。
「あの、どこへ行くんですか?」
付き合って、とは言われたけれど詳しく聞いていなかったことを思い出し、思い切って聞いてみると、想楽さんは立ち止まり、特に目的とかはないよー、と私の手をぎゅっと一度強く握って、私の目をじっと見つめる。
「今日はねー、プロデューサーさんとデートしてみたい気分だったんだー」
悪びれた様子も照れた様子もなく、想楽さんはきっぱりと言い放つ。ますます意識して恥ずかしくなる私に、想楽さんの追撃が降って来る。
「プロデューサーさんの残りの時間、今日は全部僕にちょうだいねー」
夕方までには返却するよー、と歩き始めた想楽さんに手を引かれて、突然デートが始まった。僕のこと、ちょっとは意識してよねー、とこちらを振り返る想楽さんに、既に意識してしまっています、とはまだ言えないけれど。デートが終わる頃にはもしかしたら、言えるようになるのかな?と思いながら私は、とんでもない気分屋さんに半日振り回される覚悟を決めた。日はまだ頭の真上にあった。