ads by microad

異端教団調査要請 クレイン02

新矢 晋@企画用
Publish to anyone 1favs
2018-03-08 22:53:18

グレティヴィ( @nemrisu )さんと!




「常に正しいおこないをするようにと教えられてきました。正しくないものを裁いてきました。悪魔どころか、きょうだいたちに剣を向けたこともある」
 司祭は黙って男の震える声を聞いていた。長身の、数多の戦場を経験してきたであろう体躯の男である。しかしその体は今はいくらか小さく見え、暗い緑色の目は涙に濡れているようだった。
「……もう疲れました。俺のような血に汚れた男でも、聖母様は許して下さるでしょうか」
 両手を組み祈るように頭を垂れた男へ、司祭は穏やかな笑みを浮かべた。
「聖母様はわれわれすべてをあまねくお救いになります。きょうだいよ、私たちは貴方を歓迎します」


 クレインはそっと溜め息を吐いた。先を歩く青年が振り返ったのに、困ったような笑みを返す。……「戦うことに疲れた元武闘派神父」。それが今のクレインの肩書きである。
 “ラヴェンダ─の涙”の拠点のひとつに潜入することに成功したクレインは、案内役の青年に連れられながら建物の内部を歩いていた。思いのほか規模は大きく、“黒聖母”に希望を見出した人々の数──つまるところ人々の抱いてきた絶望の数──を思うと憂鬱になったクレインはまた漏れそうになった溜め息を飲み込んだ。
「人も多いですから、無理せず少しずつ馴染んでいってください」
 人好きのする笑顔の青年は少し会話しただけでも聡明さがうかがえたし、落ち着いた好青年に見えた。クレインの目は加護によって強化されており、その観察眼に誤りはない。しかしこの青年もここにいる他の人々と同じく、主の光に背を向け別のものを信じている異端者なのだ。
「ああ、ありがとう。……そうだ、少し気になるものがさっきあったんだが、いいか?」
「何ですか?」
 青年を連れて廊下を引き返し、ちょうど人気の途絶えた通路へ入る。少しの後、そこから一人だけが帰ってきた。
 青年、ではなく、青年の服──教団員が揃って着ている外套である──を着たクレインである。そのまま堂々とした態度で廊下を進み、すれ違った相手にも軽く会釈をするが特に不審に思われる様子もない。……規模の大きさが仇となっている、所属する人々全員が顔見知りというわけではないのだ。
 異端と言えど宗教施設であることに変わりはなく、空気自体は普通の教会と変わらない。人々が暗い顔でおかしな呪文を呟いていたりもしないし、泣き叫ぶ声が聞こえてきたりもしない。ただ内装のところどころにおかしな点があったり、信仰について問答する人々の交わしている言葉の内容がクレインにとっては大分耳障りだったりするだけだ。
 ──しかし、とクレインは思考する。
 “ラヴェンダ─の涙”が天使や悪魔を贄としているという情報は確かなものだ。となれば、どこかにそれを可能とする何かがある筈である。ひとならざるものを拘束することを可能にする何かが。施設か、道具か、魔術か……あるいはもっと別の。
 怪しまれない程度に建物内を見回るのにはどうしても時間がかかる。クレインの頭の中に出来上がった図面は少しずつ塗り潰され、調べていない場所は減っていくが手がかりは見付からない。ただでさえ工房からここへの移動で時間を食ったというのに、と焦り始めたクレインは、ふと何か違和感を覚えた気がして拠点の隅にある物置で足を止めた。周囲に人気が無いことを確認してから床に手を這わせ、顔を近付ける。
 不自然な埃の途切れがあった。その周辺を注視したクレインは、ノックするように軽く床を叩いた。その叩く位置を少しずつずらし、そして、響きが変わったところで思い切り床を「押し込んだ」。
 そのまま横へスライドさせると、下へ向かう階段が現れる。淀んだ冷たい空気を感じ、クレインは物置に置かれていたランプに火を灯してから慎重に足を進めた。
 この先にあるのが酒の貯蔵庫などであれば何の問題も無い。だがそんな展開にはなるはずも無く、嫌な予感がしたクレインは少し急な階段を降りきったところでランプの火をぎりぎりまで絞った。そしてそっとその空間に足を踏み入れ、光の差さない闇に満たされた場所で何かが動いたのを見た。
 慎重にランプを差し出しその空間を照らしたクレインは、ちらりと見えたものに眉を寄せて一歩近付いた。闇にあってなお白い、翼。
「! なんてことを! 失礼、今お外しします」
 小走りにそれへ駆け寄ったクレインは、懐からいくつかの工具を取り出した。翼を傷つけぬよう慎重に道具を捩じ込みながら口を開く。
「火急の事態ですのでこのまま失礼します。……天使様、貴方の他にここへ捕らわれている天使様はいらっしゃいますか?」
「ああ、いるようだ」
 少し声は掠れていたが存外しっかりとした口調で答えたのは、大きな翼を物々しい拘束具に封じられ、両手を鎖で壁に縫い止められた天使であった。顔の半分ほどを痛々しい傷跡が覆っていたが、それでも穢れぬ誇り高く神聖な姿。光輪のひかりが少し弱々しいのは光力が不足しているからだろうか。
「では、その、翼が互い違いに生えている天使をご覧になりませんでしたか。あまり天使らしからぬ風貌の……ごく普通の人間の中年男性のような姿をしているのですが」
「……直接見たわけではないが、あまり光力の強くない、前身は恐らく人間だろう天使の気配がした。ここの人間たちは明日の儀式に使うだの何だのと言っていたが」
 外れた枷が床に落ちて大きな音をたてぬよう受け止めながら、クレインは細く息を吐いた。
「そうですか……、……外れました、どうぞ」
 天使はゆっくりと翼を伸ばすと、一、二度羽ばたかせてから折り畳んだ。それからクレインを見る眼差しからはまだ警戒の色が拭い切れていない。
「……感謝する。が、お前は何者だ。ここの人間ではないのか」
「私が信じるのは天の主ただ一人です。……少しばかり事情があってここへ来たのです、私の……私に加護を与えて下さった天使様が攫われた可能性が高くて、」
 説明をしようとしたクレインの言葉が途切れる。階段を降りてくる足音が聞こえたのだ。数はひとつ、安定していて乱れは無く、異変に気付いた者が見に来たというわけではなさそうだった。クレインはそっとランプを床に置き、身構えた。そして。
「……ん? おいお前、何をしている!?」
 現れた男が驚愕から立ち直るより前に組み付き、首を締め上げ意識を奪い取る。だらりと力の抜けた相手の体を腕の中に抱えたまま、クレインは静かに祈りの文句を呟いた。
「主よ、お恵みに感謝します」
 それから彼は、天使の方を見て僅かに笑ったようだった。
「天使様、翼をおしまいになることは可能ですか? ……主が服を届けて下さいましたよ」


ads by microad

You have to sign in to post a comment or to favorites.

Sign in with Twitter


Profile
新矢 晋@企画用 @sin_niya_b
Share this page

ads by microad


Theme change : 夜間モード
© 2020 Privatter All Rights Reserved.