@toasdm
この程度の変装じゃ意味なかったねー、と困り顔の想楽さんが、私の方を見て苦笑する。膝には小さな女の子が抱きついていて、遠くから駆け寄ってきた女の子のお母さんが、すみません、と小さく叫んでいる。お顔がよく見えないなー、と想楽さんに頭を撫でられて、女の子は少し恥ずかしそうに想楽さんの足から離れてはにかんでいる。
平日の午後、動物園なら人目もあんまり気にならないかもしれないとお忍びデートに繰り出したまではよかったんだけど。まさかこんな小さな女の子が、そらくんだー!と駆け寄ってくるなんて誰が想像できただろうか。よしよーし、ともう一度女の子の頭を撫でて、想楽さんは女の子の目線に合わせてしゃがみこむ。サインください、とかわいらしいメモ帳を取り出した女の子の後ろで、お母さんがぺこりと頭を下げている。つられて頭を下げる私の前で、想楽さんはさらさらとサインを描いている。
「はい、どうぞー」
「たからももにします!」
「たからもの、だねー」
舌足らずな発音を優しく直して、想楽さんがはい握手ー、と手を差し出す。女の子は本当に嬉しそうにその手を握って、応援してます、と元気に言った。
「ありがとうー、がんばるねー」
「いつも、テレビで見てるの!」
「そっかー、嬉しいなー」
あまりファンサービスは得意じゃないのかと思っていたけど、想楽さんは一生懸命話す女の子の言葉に、うんうん、と相槌を打っている。なんだかとっても微笑ましい。
「今日はねー、みんな動物さんを見に来てるから、僕がいることはナイショにしててねー?びっくりしちゃったら困るからねー」
「うん!」
ばいばーい、と手を振る女の子とお母さんを見送って、よっこいしょ、と想楽さんも立ち上がって手を振る。飛び跳ねるみたいに嬉しそうにお母さんに報告する姿を見て目を細める想楽さんが、僕たちも行こっかー、と私の手を取ってくれる。
「想楽さんって、ちっちゃい子の扱いすごく上手なんですね」
お忍びデートがばれないように釘を刺すあたりも含めて、私は素直な感想を述べてみる。そっかなー、と言う想楽さんの横顔は、少し照れているようにも見える。
「意識したことはないけど、別に嫌いじゃないしねー」
キリンの柵にもたれた腕に顎を乗せながら、雨彦さんみたいだねー、と言ってのんびりしている想楽さんがふと、思いついたような顔でこっちを見る。なんだろう、と言葉を待っていると、ゆっくりとしたいつもの、穏やかな口調のまま真剣に、想楽さんがぽつりと言う。
「だからねー、プロデューサーさんと僕の子供がいつか生まれてきても、任せてくれていいよー」
安心してねー、と顎を腕に乗せたまま小首をかしげる想楽さんの笑顔に、私の心はあっという間に攫われる。一気に熱くなるほっぺたに想楽さんの手がそっと伸びてくる。わー照れてるー、とからかうように笑いながら想楽さんは、えい、とこっそりほっぺたに、一瞬唇を触れさせる。あったかいねー、とすぐに離れた想楽さんの顔も、ほんのり赤くなっている。
「……今度は、お弁当もお願いしよっかなー」
お料理上手なお母さんだと、きっと嬉しいと思うんだー、と小さく呟いて、想楽さんは再びキリンを眺め始める。頑張ってみますね、と春の陽射しを背中に受けて、穏やかな気持ちで私はそっと想楽さんの手を握る。いつかこの手の間に入るかもしれない小さな手のことを想像しながら、想楽さんと私は春の動物園デートをのんびりと楽しんだ。