@toasdm
目を開けた途端に感じた違和感の正体は、天井にある。天井にあるのはすぐにわかったのだが、まだ寝惚けているせいだろうか、なぜ天井に違和感を感じたのか私はまだ理解できていない。天井がおかしい、と気付いたその理由はもしかしたら、見慣れた自室の天井ではなく事務所のソファから見ているせいではないか、と思ったのだが、生憎とそうではないようだ。徐々にクリアになる思考と視界、私は身を起こしてその違和感の正体に気付き始めた。
――視野が、低い。
本来視野には高いも低いもないはずなのだが、私の頭が一番最初に導き出した答えはそれだった。世界が一メートルほど大きくなってしまったかのように、私の目に映っている今の視野は、随分と低い位置からの視点のように感じられるのだ。目をこすっていつものように眼鏡を探そうとしたときに、私は次の違和感に気付いた。
――視界が、はっきりしている。
はっきりしすぎている、と表現した方がより正しいだろうか、それは本来あった違和感がなくなっているという違和感だ。私の視力は残念ながら、眼鏡などの視力補正器具なしには十分とは言えない。いつもなら眠りから覚めた時にはぼんやりとしか見えない天井の模様がくっきりと見えたのが、寝起きの違和感の原因だろう。恐らく、天井の高さがやけに高く感じたこともそうだ。違和感の原因が判明してすっきりしたところで、事態は好転するわけではないことに気付いてしまうのも、仕方のないことなのかもしれないが…身を起こしたついでに目をこすろうとした私の手は、すっかり袖に覆われて見えなくなっているのだから。これではまるで、世界が膨張したのではなく、私が――…。
「私が、縮んでしまったのだろうか…?」
そんな事象が発生するなど、ありえないだろう、とは思うのだが、発せられた私の声は異様に高く舌足らずで、さながら子供の声のようだと感じて、は、と自分の体を触って確かめてみたのだが……。
「子供のよう、などではない、これでは……」
これでは、子供そのものではないか、と理解の追いつかない頭で呆然と座ったまま動けない私の視界の隅で、ドアがガチャリと音を立てて開く。お疲れ様ですー、とプロデューサーが入ってきて、ソファの上で呆然としているだけの私を見つめて硬直する。
「え……」
「あ、いや……」
なんと、説明するべきなのだろう、なにせ自分でも状況がうまく飲み込めていないのだ。そもそもこの姿で君は、私を私だと――S.E.Mの硲道夫だと、認識できるかどうかも怪しい。説明を求められたところで何も説明はできないどころか、私が私であると証明できるかという半ば哲学めいた困惑に二の句も継げない私を見つめた君が、私に近付きながら信じられないといった口調で語りかけてくる。
「は、ざま……さん、ですよね……」
「!」
君は、君という人は私がどんな姿であっても、私を見つけて、認めてくれるのだな……。じわりと瞳が潤むような喜びに打ち震える私を、君は抱き上げてくれる。抵抗するつもりなどは毛頭ないのだが、気恥ずかしさと引きずる袖と裾に身じろぎをする私をきつく腕の中に抱きしめて君は、可愛い、と呟く。
「なんで、あの、硲さんですよね、本当に」
「…うむ」
しゃべっても可愛い!と私をより強く抱きしめた君は、普段私に話しかけるような口調ではなく、まるで子供に言い聞かせるような口調で――…実際、今の私の姿は子供なのだから、それが正しいのかもしれないが、やはりどうにも恥ずかしい。
「硲道夫くん、だよね?何歳かな?五歳?くらい?」
……君はいい妻に、いい母親になるだろうな。そう思ったことは認めよう。それと同時に、こうして甘やかされるのもたまにはいいのではないか、と思ってしまったことも。君の母性愛に触れた私の悪戯心のようなものが、私の中でノッてみよう、と提案してくる。いいだろう、どうせこんなことは夢か何かに決まっているのだから、夢の中でくらい君に目一杯甘えてみるのも悪くはないだろう。できるだけ子供らしく応対するように、私は努めてひらがなで話すように答え始める
。
「はざまみちお、です。ごしゃいです」
可愛い、可愛いと私を抱きしめる君の腕の中が本当に温かくて、こんな夢ならいつまででも見ていられると私は目を閉じる。このままじゃなんにもできないね、と私を抱え上げた君が言っているのは、私の服装のことだろうか。スマートフォンを取り出して、どこかへ連絡しはじめた君の腕の中で、私はまどろみの中へ落ちていく。……なるほど、思考や精神年齢はいつもの私そのままだが、どうやら肉体的には五歳程度のそれなのだろう。抱きしめられて揺さぶられると眠気を感じるのがなによりの証拠だ。いつも君を甘やかしてきた私が君に甘やかされるというのも不思議な感覚ではあるが、悪い気はしない。落ちる意識の片隅で私はもう一度、君は本当に、いい母親になるだろうと知覚して、私はそのまま眠りについた。目が覚めたらきっと、元通りになっているだろう、と信じて。