@toasdm
少し散らかってますが、と少しはにかみながら突然の訪問を快く受け入れて彼女はクリスを部屋へと上げる。彼女の言葉には一切の謙遜はなく、床の上には冬物のニットや長袖などが所狭しと積み上げられていて、開きっぱなしのクローゼットの中身を入れ替えていた。衣替えのシーズンですよね、とお茶の用意をしながらソファの上で申し訳なさそうに長身を縮こまらせるクリスを振り向いて彼女は笑う。
「突然訪ねてきてしまって申し訳ありません……」
「ふふ、気にしてませんよ」
むしろ会えて嬉しいです、とコーヒーを差し出してクリスの隣にちょこんと座ると、彼女は本当に嬉しそうにクリスの手土産を広げる。たまたま立ち寄ったケーキ屋さんの店頭で、春らしい桜色のフィナンシェを見かけたクリスは、真っ先に恋人のことを思い出した。海に関するものでもないのに積極的に買ってみよう、と思った自分に驚きながらクリスは気が付けば彼女に電話をかけていた。フィナンシェを見つけたので、など、口実めいていて気恥ずかしくも感じたが、自分の気持ちを素直に打ち明けてれば、それをありのまま受け取ってくれる彼女の優しさに、クリスはいつも甘えてしまう。共に居て心地よさを感じる穏やかな愛が満ちた二人の関係は、それなりに長く続いている。いつまでたっても互いを思いやる気持ちは変わらず、こうして突然訪ねるような無礼を働いても、彼女はいつも笑ってクリスを受け入れてくれるのだ。
甘えすぎているな、と落ち込むクリスの様子を案じた彼女は、桜の香りのフィナンシェをつまみながら思案する。クリスさんのことだから、もしかしたら急に訪ねて来てしまったことを申し訳なく思っているのかもしれない、と。実際彼女の読みどおりではあるのだが、彼女の方としては本心から大歓迎なのだ。職場で顔を合わせても甘い空気にはならないのだから、こうして恋人同士として向き合える、人目を気にせず触れ合える自宅での逢瀬はとても嬉しい。これはなんとかして元気になってもらわなければ、と考えをめぐらせた彼女はふと、衣替えの最中に見つけたものを思い出す。クリスさん、これ、と立ち上がってクローゼットからセーラー服を取り出した彼女は、クリスの前でそれを体に当てて見せ付ける。
「衣替えの最中だったんです、これ、高校時代の制服なんですよ」
「セーラー服……?」
クリスは目を見開いてその制服をじっと見つめて硬直する。
「着てみますか?」
「いえ、私ではサイズが合わないかと……」
「私がですよ!?」
「あなたがですか!?」
まるでギャグ漫画のような軽妙な掛け合いに、彼女は吹き出したように笑って言う。私の制服ですから、と声を上げて笑う彼女に、自分の勘違いを自覚したクリスは真っ赤になって違います、違うのです、と言い訳にならない言い訳をしはじめた。
「すみません、つい興奮してしまいまして!」
「ふふふふ…そんな、私なんかで興奮してもらえるなら、嬉しいですけど…ふふ」
制服をハンガーから外し、そんなに言うなら着てみましょう、と着替え始めた彼女の手を、クリスは立ち上がって止めた。腕に引き寄せてやめてください、と搾り出すような声で耳元に囁くクリスの様子に、彼女は思わず顔を上げてクリスを見つめる。
「あの、お嫌いでしたか?」
「違います!むしろ好きです、大好物かもしれません!あ、いえ私の趣味趣向の話ではなくてですね」
大好物、という言葉まで出てしまう程に、クリスは動揺している。食べる前提ですか、と自分の発言に溜め息をつきながら、高鳴る胸を抑えてクリスは言葉を続ける。
「…あなたの制服姿なんて、考えただけでどうにかなってしまいそうです」
「ど、どうにか、ですか…?」
抱き寄せられた体に感じる熱と男らしい力強さに、彼女の方も胸を高鳴らせて、頬を赤く染めはじめる。
「あなたが制服を着たそばからそれをひん剥いて、邪なことをしてしまいそうだと思うくらいには、ですが」
それって相当じゃないですか、と恥ずかしそうに俯いた彼女の顎をそっと指で上向きにさせて、クリスは軽くキスを落とす。顔を離して溜め息と共に彼女を腕に強く抱いて、お願いですから、とクリスの懇願が彼女を包んでいく。
「お願いですから、あまり私を挑発しないでくださいね」
これでも割と限界なのです、と困ったようにくすりと笑うクリスの腕の中で、じゃあ夜まで待ちましょうか、と蠱惑的な微笑みを浮かべて見上げる彼女に、言ったそばからあなたという人は、と瞳に熱を宿したクリスはもう一度、今度は深く口付ける。
「困った人ですよ、本当に、あなたという人は」
責任とってくださいますよね?と姫抱きにした彼女ににっこりと微笑んで、クリスは二人の体をベッドへと運んだ。制服は床の上の衣類に紛れて、その出番を失っていた。