@toasdm
「手を離しなさい。嫌がっているでしょう」
キッ、と音がするような鋭い眼差しが、私の腕を掴んで強引に引っ張ろうとしたナンパ男に、射抜くように突き刺さる。クリスさんの手はナンパ男の手首を強く掴んで、私の腕からそれを引き剥がしてくれた。跡が残りそうなほどではなかったけれども、自力ではどうしようもない程度には強く掴まれていた自分の腕をさすりながらクリスさんの横顔をちらっと見上げると、普段の穏やかなクリスさんとはまるで別人のような、怒りの込められた瞳はずっとナンパ男を睨んでいる。
「なんだよ、オマエ……」
「言葉遣いも粗野ですね。お里が知れますよ」
いつもと変わらない丁寧な言葉遣いなのに、その場の空気がぴりぴりと震えるような声のオーラに、ナンパ男は少したじろぐ。背の高いクリスさんに少し見下ろされるような格好になったナンパ男は冷や汗でもたらしそうな情けない顔でもう一度、オマエ何様なんだよ、と虚勢を張る。
「見てわかりませんか?……私の恋人に、手出しは無用です」
「クリスさん…っ」
ぐい、っとクリスさんに肩を抱き寄せられて、私はすっぽりとクリスさんの腕の中に収まる。サラ、と風に揺れたクリスさんの髪の毛が私の頬を撫でる。大丈夫です、話をあわせてください、と言われているような気がして、思わず私はクリスさんの腕に自分の腕をそっと絡める。少し驚いたような顔をしたのはでも一瞬で、クリスさんは再度ナンパ男をギロリと睨みつける。
「…ブスが調子乗ってんじゃねぇよ、男付きならそう書いとけよ!」
情けない捨て台詞を吐いて去っていくナンパ男の背中をさらに強く睨んで、クリスさんは握り締めていた拳を開いて、はぁ、とため息をついた。
「女性に向かってなんという言葉を……」
「い、いえ…そのブスに声かけたのは誰なんだよ、って話、ですし…」
「そんな!あなたは綺麗ですよ、可愛らしいです!」
ブスだなんてとんでもない!と、私の両肩に手を置いて、まくし立てるように叫ぶクリスさんの様子に、周囲の耳目が集中する。一気に恥ずかしくなった私は、あの、とおずおずとクリスさんに声をかけた。
「…はっ、し、失礼いたしました!馴れ馴れし過ぎましたね…」
「あの、いえ、そうではなく…トーンを、少し落として…」
「あっ……」
パッと離れて声を潜めるクリスさんの様子に、さっきまでしつこく声をかけられていた嫌悪感と恐怖感がすっと流されたように消えていく。くすくすと笑う私の二の腕を肘で小突いて、笑わないでくださいよ、と恥ずかしそうなクリスさんがため息をついて、髪の毛を耳にかける。
「やはり、慣れない事はするものではありませんね」
はぁぁぁ、と気の抜けた表情のクリスさんが、そこでやっといつもの穏やかな微笑を浮かべて私を見つめて言った。
「女性に無理強いするような輩は許せませんが…あなたに、声をかけるなんて…思わず手が出てしまいました」
私らしくなかったでしょうか、と困ったように笑うクリスさんが、送りましょう、と私の手を取って歩き出す。あまりにも自然な流れにお礼も言っていなかったことを思い出して、私は慌てて話しかけた。
「あの、ありがとうございました!すごく、かっこよかったです……」
「かっこいい……ですか」
当然のことをしたまでですよ、とこちらを見て、クリスさんは少し照れたように微笑んだ。
「…こういった場面は二度とご免ですが、あなたにそう言っていただけるのでしたら」
繋いだ手にぎゅっと力を込めて、クリスさんは前を向く。
「私も、もう少し勇気を出してみようと思います」
あなたには、格好のいい私を見ていてほしいのです、プロデューサーさん。意志の強い瞳が私に向けられて、もう十分かっこいいです、と言い出せない私は目線を逸らして、クリスさんの手を軽く握り返した。伝わったのかどうかはわからないけれど、ふふ、と笑ったクリスさんは、私の手を優しく握って指を絡めてくれる。こうすれば、男避けにもなるでしょう?と少しからかうような口調のクリスさんに護られながら、いつもより短く感じる家までの道を二人で歩いた。ドキドキする気持ちは、しばらく続いていた。