@toasdm
「お姉ちゃんお待たせー」
「えっ?!」
見ず知らずの男二人に囲まれて、これは所謂ナンパだろうな、と適当にあしらおうとした私の後ろから、聞きなれた声でひょっこりと腕にぶら下がってきたのは想楽さんだ。いつもみたいにプロデューサーさん、と呼ばずに、お姉ちゃん、と呼んでくれたのはつまり、この状況を打破するためのお手伝いをしてくれているということなんだろう。私の腕に抱きついて、見上げるように下から私を覗き込む想楽さんの表情も、どこかそういっているような雰囲気がある。
「想楽、どこ行ってたの?」
「ちょっとねー。あれ、お姉ちゃんのお友達ー?」
いっそわざとらしいほどに白々しく、たった今気がつきましたーと言いたげな想楽さんは、ナンパ男二人をちらりと一瞥する。
「う、ううん、違うよ?」
「ふーん……僕のお姉ちゃんになんか用事ー?」
少しだけ、力強さを混ぜたような睨みをきかせると、想楽さんは私を横からぎゅっと抱きしめて、私を独占するみたいな雰囲気で弟役を演じきる。なんだよブラコンかよ、と面白くなさそうな態度をとって去っていくナンパ男二人に、想楽さんは、べーっと舌を出してから、手でシッシッと追い払う仕草をする。
「僕のお姉ちゃんに手ぇ出さないでほしいなー」
まったくー、とほっぺたを膨らませて、想楽さんは背筋を伸ばして立つ。相変わらず、私の腕に腕を絡ませたままの想楽さんに、戸惑いながら私は声をかける。
「あの、想楽さん…ありがとうございました、もう大丈夫ですから…」
「えー?お姉ちゃん、ほっといたらまたあーいうのに声かけられちゃいそうで、僕ちょっとやだなー」
ニヤッと笑って私の腕を、抱きしめるように掴む想楽さんは、いたずら好きの弟みたいな表情で私の前にまわりこむようにして顔を見上げてくる。それにねー、と姿勢を戻した想楽さんは、両手で絡み付いていた私の腕からスッと離れると、甘えるように手を繋いで、今度は指を絡めてくる。
「ちゃんといつもみたいに僕のこと、想楽ーって呼んでくれないと、ねー?」
人懐こそうな笑みを浮かべて私の耳元に顔をそっと寄せると、想楽さんは低い声で小さく短く囁いた。
「せっかくだから楽しもうよー…お姉ちゃん?」
「そっ…ら、さん……?」
「違うでしょー?」
相変わらず人懐こそうな笑顔は崩さずに、想楽さんはすっかりと役に入りきっている。しっかりしてよお姉ちゃんー、と恋人つなぎの手をぶんぶんと振って歩く想楽さんに手を引かれて、私は身も心も想楽さんに翻弄されてしまう。
「そ、想楽ぁ……ちょっと、待ってください…」
「ふふ、やーだよー」
呼び捨てにされたせいなのか、私をからかっているせいなのか、想楽さんはやたらと上機嫌に見える。私はといえば、こんな弟が最初から自分にいて、いつも振り回されているような錯覚すら覚えるくらいに自然な想楽さんの演技に飲み込まれて、それも悪くない気がして困惑しているだけだというのに。
「ねー、早くおうちに帰ろーよー」
多分、家まで送ってくれる、という意思表示なんだろう。甘ったれた弟みたいな役を演じきっている想楽さんの、ちょっと若くて可愛らしい姿に苦笑しながら、私は頷いて並んで歩く。人並みが少し引いてきた街のはずれで、夕焼けが射して長く伸びた影をぼんやりと見つめながら歩いていると、想楽さんは急にくすくすと笑い始めた。
「そ、想楽さん、どうしたんですか?」
「ううん、なんかさー、すごく自然だなーって思ったんだよねー」
繋いだ手はそのままで、普段の想楽さんの調子で話しはじめた。はー、とため息をついて少しうつむいたままの想楽さんが、さびしそうにぽつりと漏らす。
「最初はねー、プロデューサーさんを見かけた時、僕が彼氏じゃ説得力ないなーって、思ったんだよねー。だから、弟ってことにしとこうー、って頑張ってみたんだー」
僕なんて、弟くらいでちょうどいいよねー、と自嘲気味に笑った想楽さんの表情があまりにもさびしそうに見えて、私は繋いだ手に自然と力が入ってしまう。
「そんなこと、ないです。…頼りになるな、って私、本当に思いました」
そうだといいなー、と夕焼け空を見上げた想楽さんは、でも、と否定の言葉を続ける。
「でも、普通弟とこんな風に手は繋がないよねー」
「た、確かに…」
「弟相手に、そんな顔もしないと思うけどなー…?」
にまり、と音が聞こえそうなからかいう笑みを浮かべた想楽さんの頬の丸みを、オレンジ色の夕陽が照らす。そんな顔って、どんな顔だろう…。また赤くなってるー、と想楽さんが言うからには、私の顔は赤いんだろう。夕焼けのせいです、と適当なことを言ったけれども、誤魔化せている気は全然しない。もっとからかってみたいなー、とさっきみたいに前にまわりこんできた想楽さんの顔は、夕焼けの逆光であんまりよく見えなかったけれど……。
「想楽さんだって、照れてるじゃないですか」
「ふふ、バレちゃったー?」
たまにお姉ちゃんに甘えてみるのも、悪くないなーって思ったんだよねー。そう呟く想楽さんが、ニコニコしながら繋いだ手にぎゅっと力を込めてくる。家々の影、もうすぐ全て消えてしまいそうな夕陽が照らす二人の赤い頬が、並んで私の家まで歩く。想楽さんのお姉ちゃんでいられるのは、あとどれくらいだろうか。少しもったいないな、と思った気持ちがいつの間にか、いつもと違う帰り道を辿り始めた。
想楽さんはきっと、気付いていない。