「……寂しいか」
雨彦さんに看病されるPさんのお話です。
風邪を引いたときの心細さ、眠りに落ちる直前の寂しさを、雨彦さんの声が綺麗に掃除してくれる気がするのです。
@toasdm
ずきずきと痛む頭を押さえて、なんとか身を起こそうとするのだけれども、悲しいことに全然力は入らないし、全身は鉛のように重くて動かせない。瞼すら開けられない程に衰弱しきった私の体は、じっとりと汗ばんで湿って、カラカラに渇いている。どこもかしこも不快感しかない体を持て余して、風邪をひいた不甲斐なさを呪いつつ大人しくベッドに沈む。今、何時くらいなんだろう。雨の降る音がするから、太陽の明るさでだいたいの時間を掴むのも無理そう。確か朝イチで山村君に連絡を入れてからそのまま、倒れこむように寝ていたから…ええと、本当に何時くらいだろう……?確か枕元に置いたはずのスマートフォンを手探りで探し当て、私は画面を確認する。時刻は午後一時。不在着信、一件。のろのろと手を動かして着信履歴を確認する。
「ふぁ、雨彦、さん……」
名前を目にするだけでまだ胸がドキドキする。名前を口にするだけでどうしようもないほどにときめいてしまう。恋人になってもう随分と経っているけれど、想いを同じくしたあの日から今に至るまでずっと、私は雨彦さんにドキドキさせられっぱなしだ。口をついて出た名前に、また熱が少し上がったような気がして、私は身じろぎをする。
「ん、起きたか……?」
ドキリ、鼓動が強く跳ねて私は声のした方を向いた。動かなくていい、と優しい声が近付いてきて、その声の主はそっと私のおでこに触れる。雨彦さん、ともう一度名前を呼ぶと、ベッドに腰掛けた雨彦さんがなんだ、と頭を撫でてくれる。
「ど、して……?」
「山村から聞いてな、いてもたってもいられなくなった」
困ったような心配なような、ほっとしたような複雑な表情で、雨彦さんは私をじっと見下ろしている。鍵は預けているからきっと、それで訪ねてきてくれたんだろう。ぼわぼわする視界に飛び込んできた、大好きな人の顔。じわり、視界が滲んだのは熱のせいと、恐らくは――…。
「どうした、心細かったかい?」
「う……っ、だって…………」
熱いな、と頬に手を添えて、雨彦さんのしっかりとした男らしい手の親指が、私の涙をそっと拭う。優しい感触に自然と目を閉じると、雨彦さんの唇がそこにそっと落とされる。ほぁ、と情けないため息を漏らした私をくすりと笑って、雨彦さんが今度は、頭をくしゃりと一度撫でてくれる。待ってな、と立ち上がった雨彦さんの腕に、気がつけば私は手を伸ばして、その袖をぎゅっと掴んでいた。
「あ……」
「……寂しいか」
こく、と一度だけ頷いて、ぼんやりする視界の中で見上げた雨彦さんの表情が涙で滲む。ああそうか、この気持ちは寂しい気持ちなんだ、と、雨彦さんに拾い上げてもらった気持ちの名前を確認すると、それだけで一段階心がスッと軽くなる。すぐ戻るから待ってな、と私の手を優しく握ってベッドに戻すと、雨彦さんはその長い脚のリーチを活かして素早く移動すると、ペットボトルの飲み物を持って本当にすぐに戻ってきた。
「飲めるかい?」
「ん……」
「それとも口移しがお望みかい?」
「うえっ!?」
冗談さ、と笑う雨彦さんに腕を引き起こされて、私はスポーツドリンクを口にする。からかわれて少し元気が出ました、なんて言ったら笑われそうだけれども、なんとか飲み物を口にするくらいの元気が出たのはきっと、雨彦さんがいつもどおりだからだと思う。カラカラに乾いた体に染みとおる水分と雨彦さんという存在に、気力だけでなく体力も少し、充実したような気がする。
「お前さん、もう少し寝た方がよさそうだな……」
いつの間に用意したのか、熱さましの冷却シートをぺたりと私のおでこに貼り付けて、雨彦さんは私の肩を軽く押し付けベッドに倒す。まだ熱っぽい顔をしてるぜ、と私の顔を覗き込む雨彦さんが、床に座り込んでいる。
「甘えん坊で寂しがりのお前さんが元気になるまで、今日はずっと俺がついていてやろう」
ベッドの高さと顔の高さが合って、雨彦さんの顔が目の高さにある。正直言って、見慣れない。いつも見上げている顔が同じ高さにある違和感に困惑している私の横で、雨彦さんはベッドの端にもたれるように肘をついて私の顔をじっと見ている。
「…早くよくなれよ。お前さんに元気がないと、俺までしおれちまいそうだ」
優しく頭を撫でられると、違和感なんてどうでもよくなる程度には、まだ体は弱りきっているようで、正直な体はゆっくりと、雨彦さんに手を引かれるようにまどろみの中に落ちていく。雨彦さん、とかすれた声で名前を呼んで、その存在を確かめながら私は目を閉じた。暗転する世界の中で、俺はここだぜ、と低く優しい声だけが、一人じゃないさと教えてくれる。ゆっくり休みな、の言葉に背中を押されるようにして、眠気がじわりと近付いてくる。元気になったら雨彦さんの好きなものを作ろう、と前を向きながら、私の意識は穏やかにフェードアウトした。