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桜シブーストの魔法

服部匠@次回大阪文フリ
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2018-04-02 12:29:40

2018年3月25日名古屋コミティア52頒布ペーパー掲載作
拙作「蒼衣さんのおいしい魔法菓子」番外編。本編未読でも読める読み切りです

 三ヶ月間掛かりきりだった仕事がやっと終わった日の夜だった。

 ふと通りかかった魔法菓子店で、私はパティシエに勧められるままケーキを買った。
 試食のクッキーが美味しく、割ると鈴の音がして面白かったのが印象的だった。
 家に帰り、晩酌の代わりにとっておきの茶葉で紅茶を淹れる。
 ケーキの箱を開けると、かすかに桜の香りが漂った。
 桜シブースト。確かパティシエははそう言っていた。生クリームよりも濃厚で、それでいて軽い口当たりのシブーストクリームは、桜の香り。桜餅とは少し違う、優雅な花の香りが鼻を抜けていく。
 中に入っているサクランボの洋酒漬けは甘酸っぱく、口の中で弾けるようだった。甘さと酸味、まろやかなクリームの組み合わせは、これほどまでに美味しいものか、と感動すら覚えた瞬間だった。
「……なんで、涙が」
 いつの間にか、頬に涙が伝う。
 頭に浮かんだのは仕事のことだった。なかなか通らない企画、連携の取れない下請け、鬼のような修正、迫りくる納期。
 こうやってゆっくりと好きなケーキを食べる暇も、余裕もなかった日々。
 辛かった、疲れていた、やっと終わった。
 そう思った瞬間、大人げなく泣いた。
 ひとしきり泣いたあとは、不思議と心が軽くなったようだった。
 帰り際『魔法桜の清浄さが、疲れた心を癒してくれるはずです』とほほ笑んだパティシエを思い出した。私はそんなに疲れた顔をしていたのか、と少し恥ずかしくなる。しかし、ケーキの甘さにそんなことはどう
でもよくなってしまった。
 今度の休みに、もう一度行ってみよう。私は紙ナプキンに印刷された店名をメモ
した。

 ――『魔法菓子店 ピロート』


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