@toasdm
新学期、クラス替え。担任は優しい人がいいな、と思っていたのに、仏頂面で怖そうな硲先生。憂鬱だな、と思っていたけど、放課後忘れ物を取りに教室に戻ったら先生がいて、暗くなるから送っていこう、と車を出してくれた。怖い人じゃないのかな?と少し距離が近付いた気がして、ふふ、と笑ったら、運転中の先生が眼鏡をくいっ、と上げてから、前を見たままぽつりと漏らした。
「…新しいクラスは、緊張するだろうか?」
「え」
「いや、朝のホームルームで君は、少し緊張していたように見えたのだが」
…まさか、先生が怖かったなんて、言えなくて、黙って俯いていると、車は赤信号で停車する。サイドブレーキをギッと引いて、先生はフッ、と笑ってから、それとも、と少し柔らかい声音で語りかける。
「それとも、担任が堅物で少し怖かっただろうか?」
「や、えっと、あの」
「冗談だ」
……先生が、笑ってる。先生の笑った顔は、少し若く見えて、なんか落ち着く気がした。怖い人じゃないし、もしかしたら優しくて、こんな風に冗談とかもいう人なのかもしれない。そういえば先生は何歳なんだろう、背は高いけど、何センチあるのかな?好きな事はなんだろう……彼女とか、いるのかな?
サイドブレーキを戻して、信号は青になる。ギアを操作する先生の左手の薬指には、指輪はなかった。
「私、先生の事、何も知らないです」
「む、そういえばそうだな…」
「はい」
…だから、先生。私、先生の事、いっぱい知りたいです。
素直に思った気持ちはそっと、学生鞄の中に教科書と一緒にしまっておいて、駅前で降ろしてもらう。ありがとうございます、と頭を下げた私に、先生は車の中から手を挙げて応えてくれる。
「寄り道しないで帰りなさい。明日から受験生らしく、しっかり学んでいこう」
私が改札に吸い込まれるまで見送ってくれる硲先生は、きっと、絶対優しい人だ。学びなさい、じゃなくて、学んでいこう、と同じ目線で手を取るように言ってくれた事が嬉しくて、私はホームに向かう階段を、一段飛ばしに駆け上がった。先生と一緒の一年間が、私の足元から未来に向かって続いているのが見えるみたいで、足はとても軽かった。