「なあ、顔を見せてくれよ」
別れ際の寂しさが、私から笑顔を奪って涙を与える。こんな弱い私じゃないはずなのに。
#うちの担当に言わせてみた
企画参加作品です。
@toasdm
これが今生の別れ、って訳じゃないだろう?からかうような言い方だけど、雨彦さんのその声はどこか寂しそうだ。楽しい時間が終わる時、それはいつだって寂しくて、切ない。またいつでもこうして、手を繋いで出かけたりできるんだぜ、と私の手を優しく、包むように握る雨彦さんの大きな手は、温かくてしっかりしていて、ふっ、と気持ちと涙腺が緩んでしまいそうになる。
俯いたら溢れそうになる涙が、じわじわと視界をぼやけさせていく。夜に溶ける雨彦さんのため息が私の胸を締め付けて、それに押された寂しさと苦しさが胸から溢れてまた少し、涙を押し出してぽろりとついに、零れてしまう。こんな、デートの終わりに泣くような、そんな弱い私じゃなかったはずなのに。一度堰を切ってしまうと涙は、後から後からわけもなく零れて落ちて、街の雑踏にかき消されるような小さな声をさらに殺して、私は雨彦さんから顔を背けたまま泣き続ける。
「泣くなよ、なあ」
「っ、泣いてない、です」
もう少し上手く嘘をつけ、と私の頭をくしゃりと撫でた雨彦さんは、身を屈めて私の顔を覗き込もうとする。こんな顔、見られたくない。強い意志で私はくるりと背を向けて、もう一度、泣いてなんかない、と虚勢を張ってバレないようにこっそりと、袖口で涙を拭って深呼吸する。向けた背を雨彦さんは、人目も憚らずにぎゅう、と強く抱いてくる。それに押されてまた涙はぽろりと落ちる。
「そんな顔しなさんな」
「後ろから、見えるんですか」
見えないが、見えるぜ。と、優しい声は耳元で、雨彦さんらしい事を言っている。適当言わないでください、と言うそばからまた零れた涙が、私の肩から回された雨彦さんの逞しい腕に落ちて優しい手を濡らす。はあ、とまた寂しそうなため息をついた雨彦さんの濡れた手が、後ろから優しく、私の頬をそっと撫でて涙を拭っていく。泣くなよ、とまた少し笑って、私の肩口に甘えるように顔をすり寄せた雨彦さんが言う。泣きたくて泣いてるわけじゃないのに、楽しかったから、寂しくて、この時間が終わるのが切なくて。どうしようもない私をあやすように、雨彦さんはまた私を強く抱いて、こっちを見ろよ、と私の頬に手を添えた。
「見られたくないの、わからないですか」
「わかるさ、だがそれでも、俺はお前さんの顔が見たい」
なあ、のたった二音はどこまでも優しい。
「なあ、顔を見せてくれよ」
一日の終わりを、お前さんの顔で締めたいんだ……。懇願するような言い方と、雨彦さんらしくない甘えたような仕草に締め付けられた胸が、トクン、と甘く音を立てる。頬に添えられた雨彦さんの手にゆっくりと、私の顔は後ろを向かされる。
「ひ、ひどい、顔でしょう…?」
「ああ…酷い泣き顔だ。だが――…」
近付く唇がそっと頬に触れ、涙の筋に沿ってゆっくりと目尻から移動して、見ないでほしい、と呟いた私の唇に重なる。自然と閉じた目から零れた涙が重なった唇に落ちて、しょっぱいキスになったのがおかしくて少し笑うと、合わせた唇の奥で雨彦さんも笑う。眉尻を下げて困った顔が離れて、私は今度は体ごと、雨彦さんの方に向き直される。
「俺の、愛しいお前さんの顔だ……」
屈めた腰を元に戻して、真正面から私を抱きしめ直した雨彦さんの胸の中、ふぅ、と安心したような自分のため息に、さっきまでの切なさが乗ってどこかへ、雨彦さんへと消えていく。やっと笑ったな、と私の背中をトントンと叩くと、雨彦さんはそこでやっと私を解放する。
「どんな顔のお前さんでも、俺はお前さんの全てが好きだぜ」
また頭をくしゃりと撫でて、私の額に軽く口付けを落とした雨彦さんが、ニッと笑って一歩後ろに下がる。
「どうせなら、笑顔の方が嬉しいがな」
名残惜しい、と全身で、声もなく言う雨彦さんに引き寄せられるように抱きしめられた私の体を、本当に愛おしげに包む雨彦さんという存在全てが、私も、本当に大好きだ。
「…また、こうしてお前さんとデートがしたい」
「……はい」
耳元で響いた、愛している、の言葉に目を閉じても、もう、なにも零れてはこなかった。またな、と笑って手を振る雨彦さんを見送って、私も改札に吸い込まれる。しょっぱいキスを思い出してくすりと笑う私の胸中には、寂しさよりも愛されている実感が満ちていた。