「君のようなしっかりした女性を妻にできる男は幸せ者だろうな」
買い物中のPさんを見かけてつい声をかけてしまった硲先生の、意外と大胆な告白からの付き合うことになってしまうお話です。
@toasdm
君の姿をこんなところで見かけるとは思っていなかった。それと同時に、まさかこんなに自然に、自分が君に声をかけるとは思ってもみなかった。どうかしている、と思わないわけでもなかったが、一度差し出した手を引っ込めるというのもおかしな話だろう、と私は腹をくくって君の買い物かごを預かった。
「えっ、硲さん!?」
「貸しなさい、それでは重たいだろう」
男である私が持つ方が自然だろう、と添えた言葉はともすれば蛇足だったかもしれないが、それでもやはり君の細腕には、その買い物かごは重すぎるように見えたのだ。私の身勝手が君の迷惑になっていないのだとしたらありがたい、と思いながらも、私の口はそれとは別なことを紡いでいく。
「これだけの買い物、カートなどを使った方がよいのではないか?」
「ま、まぁ、そうなんですけど……」
少々申し訳なさそうな君の表情が、どこか嬉しそうに見えたのは私の期待がそうさせているのかもしれない、気を引き締めなければ、と私は私の恋心と下心を理性の重しで押し付けて、君に隣並び店内を歩く。なぜカートを使わないのだろうか、と聞いた私の何気ない質問に、君は少々恥ずかしそうに答えてくれる。
「重たいと、買い過ぎを予防できるので……」
ダイエットにもなるかもしれないですし、とそれよりもさらに小さな声で答えた君の耳は、よく見れば少々赤くなっている。なるほど、年頃の女性らしい、と思わず笑ってしまった私の顔を見上げて、笑わないでください、と小さく叫んだ君は顔まで赤い。ますます笑いをこらえきれなくなった私は、両手で持っていた買い物かごを右手に預けてそっと君の頭に手を伸ばしていた。
「プロデューサー、君はそのままで十分魅力的だと思うが」
赤くなった顔をさらに真っ赤に染めながら、そういう問題ではないんです、と必死で否定する仕草も姿も表情も、どうにも私には刺激が強すぎるようだ。直視できない、と判断した私は君から目をそらし、買い過ぎを予防とはどういう意味かと尋ねてみる。
「いえ、その…重たいと、早く買い物済ませたくなるじゃないですか?」
「む、まあ、そういう、ものだろうか」
「そういうものなんです。だから、無駄遣いをあまりしなくなるかな、って」
なるほど、一理ある、と合点の言った私は無意識に、ぽつりとまた呟いてしまう。
「君のようなしっかりした女性を妻にできる男は幸せ者だろうな」
「え!?」
「あ、いや……他意は、さほどない」
さほど、とはまた、随分と思わせぶりなことを言ってしまった……。慌てて口を押さえたところで、私の発言は既に君のものになってしまっている。今の私の表情は君に、どんな風に映っているのだろうか。ちらりと横目で確認してみるが、先ほどと同じく真っ赤になったままで、うわー、などと呟いているところを見ると、嫌というわけではなさそうで、少し安心はする。が、同時に私は今とても恥ずかしい、とも感じている。これではまるで、君を妻にしたい、と言っているようなものではないか、と口を滑らせた先ほどの私を、慎重になりなさい、と思う反面、よく言った、とも思っているあたり、もう私はすっかりと、君のことを一人の女性としてみているのだと実感する。
共に買い物に出かけ、夕食の献立を相談しながら食材を買い、家に戻ればキッチンで少々手伝い、ゆっくりと時間を共有する。一日の終わりと始まり、寝る前と目覚めとに、君の顔が常にある。そんな幸せな毎日を私は、君と共に過ごせたら、と…そう、思うのだ。その感情は理性などという軽い重し程度は跳ね除けてしまうほどに、いつの間にか私の中で、力強く根を張り、芽吹いていたようだ。思い描いた淡い未来の青写真に、また私は笑いをこぼして、君の頭を撫でていた手を今度は君の手に伸ばす。
「…私は、幸せ者になれるだろうか」
振り払われるかもしれない、と思った君の華奢な手は意外にも、私の手をそっと握り返してくる。その優しい握力が私の中の青写真に線を引き、ぼやけた予想図を鮮明に縁取っていく。
「それは、硲さん次第だと思います……」
縁取られた予想図はさらに未来を描き出す。開かれた君の心に滑り込むなら、きっと今なのだろう。そういえば付き合っているわけでもないのだと原点のゼロに気がついて、私は覚悟を決める。
「では、まずは恋人として、幸せ者見習いから始めてみようと思う」
硲さんらしいですね、と笑う君から指を絡められ、こんな告白も私らしいと受け入れてくれた君の優しさに感謝しながら、羞恥の熱にほほを染めたまま、私達は買い物を続けることにした。