同棲中の北斗さんにお誕生日を祝ってもらうお話です。初めて北斗さんのお話を本格的に書いたのであまり自信はありませんが、お楽しみいただければ幸いです。
@toasdm
「プロデューサー、おかえりなさい」
玄関にまで漂ってくる温かな、おいしそうな食事の香りと鼻歌に目を細めた私を、エプロン姿の北斗さんが迎えてくれる。ただいま、と声をかければもう一度、おかえりなさい、と微笑む彼の笑顔はそれだけで、私の疲れが無駄ではなかったと教えてくれているようで、ほっとするのと同時に嬉しくなる。バッグを置いてハンガーを取り上着をかけようとした私の手から、北斗さんはそれらをすっと取り上げて、ごくごく自然にそれらを代わりにやってくれる。
「ありがとうございます」
「女性にこういうことはさせられないですから」
にっこり笑ってウィンクをした北斗さんはハンガーをフックにかけると、それに、と言葉を続けて私の方へと向き直り、その腕で私の体を引き寄せて抱きしめる。
「それに、俺の方がこうやって、早くあなたを抱きしめたかったんです」
耳元で私の髪に鼻先を埋めて、北斗さんは深呼吸するようにため息をつく。優しい声が繰り返すおかえりなさいの七音に、肩の力が抜けていく。背中に回された腕がぎゅ、っと力強く私の体を抱きとめたまま、壁に優しく押し付けられる。…いつものだ、と喜びに綻ぶ私の頬に北斗さんの頬が触れて、もしかして、期待してます?とからかうような口ぶりに、期待するようにさせたのは誰ですかと答えながら私は目を閉じて顎を上げる。ふふっ、と笑った声の後、一呼吸置いて柔らかな熱が唇に触れて、北斗さんはおかえりなさいのキスをくれた。
「…待ち遠しかったです。本当に」
「私が帰ってくるのが、ですか?」
「はい。こうやって、俺の腕の中に帰ってくるのが待ち遠しかったです」
付き合い始めの頃はそれこそ、毎秒こんなことを言う北斗さんの愛情表現に照れ通しだった私もなれたもので、今ではこんな風に言われることがなかったとしたら、きっと不安にかられてしまうんじゃないかと思う。幸いなことに、北斗さんの口から私への愛が囁かれない日は今まで一度だってなかったけれども。
一緒に住んだら飽きちゃうかな、とか、不安はそこそこあったけれど、大丈夫です、俺に任せて、と自信たっぷりに言ってのける北斗さんを信じてはじめた同棲生活は、今のところ順調だ。それもこれも北斗さんが、いつでも私をこんな風に大切に扱ってくれるおかげだと、私は思っている。感謝の言葉はいつでも伝えているし、あたりまえですよ、とそれを受け取る北斗さんの、二十歳とは思えないような包容力と懐の深さは、毎日を全て明るく優しいものにしてくれている。ありていにいえば、幸せだ。
「誕生日まで仕事って、大変でしたね」
「ふふふ、まあ仕事ですから」
プロデューサーの誕生日は休みを取るって決めてたんです、とスケジュールをやりくりした北斗さんは、今日は一日何をしていたんだろう。ディナーは俺に任せて、と送り出された朝からずっと、私はひそかに楽しみにしていた。きっと北斗さんのことだから、腕によりをかけた手料理を振舞ってくれるんだろうな、と期待していた。その期待は裏切られることなくダイニングテーブルに並んでいて、疲れた私をこれでもか!ともてなす準備はすっかりできあがっているように見える。
「わ……すっご………すごいです、北斗さん、これ全部?」
「ええ、ケータリングも考えたけど、やっぱり俺らしくお祝いしたかったから」
本格的なイタリアンにしてみたんですよ、と言いながらワインのボトルを取り出した北斗さんは、ソムリエナイフを器用に扱って封を切り、コルクをまわして栓を抜く。
「抜栓したての香りもいいけど、デキャンタできちんとサーブしますから、着替えてきてください」
透明なデキャンタにワインを移して、空気と混ぜて香りを広げる。花が開くようでしょ?とソムリエのようにワインのいいところを引き出してくれる北斗さんは、その立ち居振る舞いを見ているだけでもうっとりしてしまいそうなほどに、様になっている。スーツを脱いで普段着に着替えた私の目の前で広がるその光景は、さながら三ツ星レストランのようだ。自然な動作で椅子をひいて、どうぞと着席を促した北斗さんが、冷蔵庫から次々と前菜を取り出して並べていく。
「どうぞ、本日のアンティパストです。プロシュットとメロン、こっちはカプレーゼ」
「……なんか、ほんとのレストラン、みたい……」
「メニュー表でも作ればよかったかな?」
ウィンクしながらお皿を並べて、北斗さんはまたキッチンに消えていく。つまんでて、と言われたので、実はとっても空腹だった私は生ハムの乗ったメロンを一口つまんでみる。ただのメロンに生ハムを乗せただけなのに、北斗さんのサービス精神でそれは、あっという間に高級感のある一品になってしまうからすごいと思う。ふふ、と笑いをこぼした私の後ろから、失礼します、とパスタが出てきて、恭しくお辞儀をするまねをしながら北斗さんがにっこり微笑んでいる。
「プリモ・ピアット。一皿目はパスタです」
「…なんか、ほんと、どこでそういうの仕入れてくるんですか?」
「ふふっ、あなたのために勉強しました。今日のパスタは春らしく、菜の花をあしらったカルボナーラですよ」
私の向かいに自分の分のパスタを並べて、北斗さんも席に着く。赤ワインを注いだグラスを合わせて乾杯、と、ささやかなバースデーパーティの夜が始まる。プレゼントもケーキも用意してあるから楽しみにしてて、とテーブルに肘をついて合わせた手の甲に顎を乗せた北斗さんが、微笑みの言葉を投げかけてきた。
「お誕生日おめでとうございます。あなたが生まれてきてくれてよかったです」
もう一度、乾杯、とグラスを掲げた北斗さんの優しいおもてなしに満たされた私はこっそり、心の中で北斗さんに三ツ星をつけてお料理を味わった。素敵なバースデーになることは既に、約束されているようなものだった。