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源氏兄弟に飼われる話 第14話

全体公開 7765文字
2018-04-14 21:19:20
Posted by @ayame0601s



「あの男、ね」

 髭切は私へ視線を定めたまま、独り言のように呟く。
 私へ背を向け、肩越しに見ていただけの彼は、そのままこちらへ振り返った。
 その表情に、思わず体が硬直する。口元に笑みは浮かべているものの、表情にぬくもりの感じられないそれは、久しぶりに見るような気がした。

「彼に言った?」

 髭切はそう問いながら、私に近づく。柔らかい声色だった。けれどそれが、余計に私の恐怖感を煽る。

「な、にを……
「ほら、あの時に会った彼。僕達の事、何か言った?」

 目の前まで来た髭切は、私を見下ろす。背の高い彼に見下ろされると、ただでさえ威圧感を感じるのに、今はその冷酷さも加わって、ぞっとするものが肌を走っていく。

「い、え、何も、言ってません」

 本当の事を言っているはずなのに、呼吸が震える。
 髭切は腰を軽く屈めると、私と目線を合わせてきた。小首を傾げるようにして、私の瞳を覗きこむ。
 彼の瞳に捉えられ、身が竦み上がった。
 細められた目元。薄く開いた唇は緩い弧を描き「本当?」と言葉が零れ落ちる。

「僕達は銀が苦手でね。体が受けつけないんだ」

 唐突に髭切は語り出す。口など挟めるはずもなく、ただ黙って頷いた。

「大抵の傷は治るけど、銀製のものはどうにでも駄目で。それを知っているなんて、僕達の事に詳しいとしか思えない」

 髭切の言葉を聞きながら、昨夜の膝丸の様子を思い出した。
 止めどなく流れる血液。
 全く血が止まらなかったのは、髭切の言うように、銀製のもので傷を負ったからかもしれない。
 でも、本当に鶴丸が……
 頭は混乱していた。鶴丸が、そんな事をするだろうか。彼が人を傷つける様子が、思い浮かばない。膝丸が、嘘をついているのかもしれない。
 けれど、あの時──髭切達と居合わせてしまった、あの時の、鶴丸の表情。
 真っ先にラインへ送られた「無事か?」の文字。
 様々な事が脳裏を駆け回る。
 ただ、もし……もし本当に、鶴丸が、膝丸を襲ったのなら。
 真っ先に疑われるのは私だ。

「言って、ません……言ってません。私は、何も」

 本当の事なのだから、毅然とするべきだ。そう思うも体は震えて、それが発する声にまで伝わる。
 震えを抑えるように下腹部に力を入れた。それでも、震えはおさまらない。
 髭切はそんな私を、じっと見ていた。まるで、心の中を読み取られそうなその視線に、思わず目を逸らしたくなる。
 彼は一度瞬きをすると「そっか」と呟いた。

「疑ってごめんね。一応、聞いておこうと思って」

 あっさりそう言って、笑みを深めると、屈んでいた姿勢を戻した。
 返事をする事も出来ず、彼を見上げる。彼の本音は、私には一生分からないのだろう。今ので本当に疑いが晴れたのかすら、分からない。

「さて。どうしようか」

 考えるように視線をずらし、髭切は呟く。
 鶴丸への処置を考えているその言葉に、ぞくりと肌が粟立つ。何気無いその一言は、温度を感じない。
 髭切から膝丸へ視線を向ければ、目が合った。彼はどういうつもりなのか、無意識のうちに確かめたかったのかもしれない。
 けれど一瞬合った視線は、すぐに逸らされる。その真意も、私には計れない。

「あの、」

 髭切に視線を戻し、声を絞り出した。
 彼は静かに私を見やる。

「あの、何かの間違いじゃ……
「間違い?」

 口元には薄い笑みをたたえたまま、髭切は目を細めた。
 その問いに、恐る恐る頷く。

「彼は、そんな事をする人じゃありません。人を、ナイフで刺すなんて」
……
「そ、それに、暗くて見間違いの可能性も」

 髭切は、何も言わずに私の言葉を聞いている。その無言は圧力に変わって、私の肺を締め付ける。
 少しの間、沈黙が流れた後、髭切はゆっくり口を開いた。

「僕達は、君達より夜目が利くんだ」

 その声は、穏やかなものに聞こえた。それはまるで、私に言い聞かせるような声色にも思える。

「それと、僕は弟が嘘をつくとは思っていない」

 きっぱりと、断言された口調。それを聞きながら、それはそうだ、と頭の片隅で冷静に思う。
 血を分け合い、長年連れ添った弟の言葉を、信じないはずがない。
 その言葉に、何も言えなかった。正確には、どう返事をすればいいのか分からなかった。
 彼は、そんな私の心情を察したのだろう。君は、と言葉を続ける。

「自分の身を案じるなら、変な気は起こさない方がいいよ」

 そう牽制されてしまえば。
 私はただ、頷く事しか出来なかった。

 自室に戻り、ベッドに横たわる。
 貧血で怠い体が沈みこんでいく感覚の中、脳内では色々な思考が飛び交って、忙しない。
 昨夜の、膝丸の様子。流れる血に、瀕死状態だった彼の姿。
 目の前で感じる「死」という恐怖と、焦り。それを、本当に鶴丸が引き起こしたというのだろうか。
 鶴丸の姿が脳裏に浮かぶ。大学の時の事も、釣られるように次々と思い出した。
 彼は、大学時代から明るかった。彼のそばにいれば自然とポジティブになれるし、おちゃらけているかと思えば、悩みを親身に聞いてくれる真面目さもある。
 そんな彼は、孤児院出身ともあって、尚更親近感が湧いたのかもしれない。
 机の上にある、両親の遺影にふと目をやる。

『これは、きみのご両親か?』

 あれは、宅飲みをするために、鶴丸達を自宅に呼んだ日だった。普通だったら気を遣って触れないようにするところを、彼は気負う事なく聞いてきたのだ。
 両親を亡くしたのは幼い頃だったし、変に気遣われるより、鶴丸のように普通に接してくれる方が有り難かった。
 幼い頃に事故で両親を亡くした事を話せば、鶴丸も同じく、両親がいない事を明かしてくれた。
 孤児院出身なのだとも、普段と同じ調子で話してくれたのを、今でも覚えている。
 それがきっかけだった気がする。鶴丸と、ここまで仲良くなれたのは。他にはない繋がりを感じた気がして、仲良くなるのが早かったのだろう。
 だからこそ、彼はとても大切な友人だ。
 そんな彼を信頼しているし、人を傷つけるなんて──ましてや、人をナイフで殺そうとするなんて、とてもじゃないけれど思えない。

 けれど、胸に引っ掛かりがあるのも、確かな事で。

 鶴丸と飲んだ日の事を思い起こす。帰り際の、鶴丸のあの表情。
 髭切と膝丸を見ていた、何かを探るような険しいあの表情は、明らかに含意のあるものだった。

「鶴丸……

 目を瞑れば、彼の茶目っ気溢れる笑顔が浮かぶ。
 髭切と膝丸は、鶴丸に接触するだろう。彼らは、鶴丸が自分達の正体に勘づいたと、疑っている。そうじゃなくても、膝丸へ致命傷を負わせた相手だ。このまま易々と見逃すとは、到底思えない。

 鶴丸の身が、危ない。
 このままでは、殺されてしまうかもしれない。
 それなのに、私は──?
 私は、このまま何もせず、成り行きを見守っているだけでいいのだろうか。

 静かに目を開ける。
 ゆっくり立ち上がり、机に放置していたスマホを取る。
 指は、無意識のうちに震えていた。ラインを開き、鶴丸の文字を探す。
 行動を起こしてしまえば、もう後戻りは出来ない。
 でも、それでも。今行動しなかったらきっと、一生、後悔と後ろめたさを背負って生きていく事になるのだろう。
 震える指のせいで、タップを誤り、何度か誤字を打ってしまった。
 なんとか打ち終わり、深呼吸した後、送信ボタンを押す。

〈直接話したい事があるんだけど、時間作れないかな?〉

*
 
 翌朝。気怠い体を無理やり起こし、仕事へ行く準備を始めた。
 寝不足を訴える体は重い。顔を洗いに一階へ降り、自室に戻って化粧をする。のそのそと準備をする合間、何度も携帯を確認した。
 画面には、相変わらず通知がない。
 昨夜は、遅くまで鶴丸からの返信を持っていた。
 鶴丸に会ったら、直接話す事。何度も何度も内容を頭の中で確認して、シミュレーションをして。
 強く、決意もして。
 いつ鶴丸から返事が来てもいいように、心積もりをしていた。
 それなのに、鶴丸からは一向に返事が来ない。今朝確認しても、ラインは既読にすらなっていなかった。
 嫌な予感が、胸に兆す。
 鶴丸の身に、何かあったのではないか。私の初動は早いと思っていたけれど、髭切達の行動の方がもっと早かったのだろうか……
 それか、相手は膝丸だ。膝丸とやり合った際に、大怪我をしたのかもしれない。
 不安が、足元に絡み付く。そこから徐々に這い上がってくる感覚に、頭を振って否定する。悪い事を考えると、本当にそうなってしまいそうな気がしてしょうがない。
 とりあえず朝食を取ろう。そう思い、一階へ向かう。
 そして、こんな日に限ってだった。洗面所から出てきた膝丸と、たまたま出くわしてしまったのだ。

「あ……

 思わず、声が溢れる。その一声は、膝丸に出会ってしまった事への気まずさを表してしまった。
 膝丸は、私を視界に入れると一瞬目を見開いた。しかしそれもすぐ、いつもの真顔に戻る。

……おはようございます」
……ああ」

 お互い一拍分間を開けるという、なんともぎこちない挨拶。気まずい。鶴丸の件があるせいか、いつも以上に居たたまれず、落ち着かない。
 さっと通りすぎてしまおう。早く朝食をとらないと、仕事に遅刻してしまう。そう言い聞かせるように、足を進めた。
 膝丸の前を通りすぎるタイミングで、一応会釈する。

「おい」

 通りすぎた直後、声をかけられた。
 全く予想もしていなかった事に、肩が大袈裟なくらい跳ねてしまった。
 恐る恐る振り返れば、やはり彼に呼ばれたらしい。私の苦手な、強い眼差しがこちらを向いている。

……はい、何でしょうか」

 冷静を装う努力をしながら、返事をする。何故、話しかけられたのだろう。内心で不安が募り、心臓は忙しない。

「傷は大丈夫か」

 膝丸は、いつもと変わらない表情で言った。淡々とした口調と、彼から出る気遣いはちぐはぐで、意味を捉えるのに一瞬遅れてしまう。
 傷……と頭の中で復唱した後、彼の目線の先に気づいた。
 首元。首筋の咬み痕の事だと、その時やっと理解する。

「あ、はい。もう大丈夫です」

 そう答えれば、彼は「そうか」と呟く。その表情は、心なしか安堵のものが浮かんでいた。どうやら、心配してくれたらしい。
 そんな彼の様子に少し驚きつつ、再度会釈した。会話はそこで途切れたため、今度こそ居間へ向かう。
 昨日からの膝丸の気遣いは、今までの印象からは意外すぎる。色んな意味で、心臓が落ち着かない。恐怖としか感じなかった彼への印象を、どう固定すればいいのか分からなくなっていた。
 膝丸に心配された、首筋の傷。
 彼に咬まれた痕は、残ってしまうだろう。
 首筋には、自分でも見るのを躊躇うほどの、深い咬み痕が生々しく残っている。牙が肌に食い込み、皮膚を裂いた部分は窪んでいた。その周りは赤く腫れ、痛々しい。実際に、まだズキズキとした痛みが居座っている。
 ハイネックなものなど、首を隠せる服装じゃないと、とてもじゃないけれど外に出られない。
 この傷を見ると、否応なしに一昨日の事を思い出した。そして、分からなくなる。
 私が膝丸を助けたあの行為は、果たして正しかったのだろうか。
 起こした行動は、自分の気持ちに偽りの無いつもりだったけれど、鶴丸の事を考えると、裏目に出ている気もする。
 そんな事を考えながら居間に入れば、すでに髭切の姿があった。
 
「おはよう。貧血はどう?」

 普段と変わらない口調で彼は言った。
貧血の理由は何も話していないけれど、彼はほとんどを知っているのだろう。

「おはようございます。今日はだいぶ良くなりました」

 返事は、上辺のものになってしまう。それを知ってか知らずか、それともさして気にしていないのか「そっか。なら良かった」と微笑む彼は、いつもの様子だった。
 
 まるで何事もなかったように、普段通りの生活が始まる。
 何事も、なかったかのように。鶴丸の存在がすっぽりと抜け落ち、あの件が全くなかったかのように。
 鶴丸から連絡がないまま、結局一週間が経過してしまった。
 この一週間、あまりに代わり映えの無いライン画面に、なんとか変化を加えようと躍起になっていた。仕事の休憩時間を使って、鶴丸に電話したりもしてみた。鶴丸に直接だったり、彼の会社にだったり。安否を確認するために、なりふり構っていられない。
 それなのに、鶴丸へは直接かからないし、彼の会社は臨時休業中だ。
 個人の会社だから、小さいものだとしても、まさかこのタイミングで臨時休業だなんて。
 光忠に相談もした。鶴丸と連絡がつかないのだけれど、何か聞いていないか、と。けれどどうやら、彼も連絡が取れないらしい。
 これはいよいよ、鶴丸の身に何かあった説が濃くなってしまった。光忠は、警察に届け出をしてくれたらしい。

 警察に届け出をしてくれても、もし……もし本当にあの兄弟の手にかかってしまったのなら、見つかるだろうか。

 鶴丸の身を案じながらも、私は普段通りの生活を送らなければいけない。
 仕事へ行く準備を終え、いつものように居間で朝食を取りながら、目の前に座る髭切を盗み見る。
 毎朝、同じ光景。視線を少しずらせば、ソファーにはテレビを見ている膝丸の姿がある。
 この一週間、彼らに変わった様子は全くなかった。
 兄は紅茶を飲みながら新聞に目を通し、弟はソファーに座ってテレビを見る。
 夜も、特に血のにおいを纏って帰ってくる事はなかった。
 落ち着いた、穏やかな様子に思える。けれど冷静なその姿で、今まで何人も殺めてきたらしいのだから、尚更怖いものがある。

「どうかしたかい?」

 突如、髭切が口を開いた。こちらを見ず、新聞に視線を落としたまま、言葉を溢す。
 思わず肩が跳ねた。焦りから、心臓が緊張し始める。

「え?」
「何か言いたそうに感じたから」

 彼はそう言うと、目線だけを上げた。黄金色の瞳と、視線がかち合う。
 ただ目が合っているだけなのに、やっぱり胸の内を見透かされそうで、何とも居心地が悪い。

「あの、いつも思ってたんですけど……

 動揺を隠すように、なるべく間を置かずに口を開いた。

「その紅茶、何か香料が入ってるんですか?」
「ん?」
「なんだか、いい香りがするので」

 私の問いに、髭切は手元の紅茶へ目をやった。彼の飲む紅茶からは、いつもハーブか何かの香りが立つ。何の香りなのか不思議に思っていたのは、本当の事だった。
 話題を上手く紅茶に向ける事が出来たかは、定かではないけれど、そわそわした気持ちは変わらない。

「ああ、この紅茶」

 カップを軽く揺らしながら、髭切は微笑む。

「薔薇だよ。薔薇の香料を入れてるんだ」
「あ、薔薇……言われてみれば、確かに」
「人にとっては、美容に良いらしいよ」
「そうなんですか」
「飲む?」
「じゃあ、明日からください」

 即答すれば、髭切は楽しそうにくすくす笑った。その屈託のない表情に少し場が和んだ気がして、くすぶっていた緊張感がわずかに緩む。
 彼の動作ひとつをとっても端麗に見えるのだから、紅茶の効力にも説得力がある。

「人にとっては、美容に。僕達にとっては、飢えを紛らす事ができる」

 紅茶の水面に視線を落としながら、髭切は言った。想像もしていなかった言葉に、意味を捉えるのが遅れる。
「飢え……」単語だけ抜き取って呟けば「そう、飢え」と、彼もおうむ返しに返事をした。

「そんな頻繁に、人を襲って血を飲む事が出来ないからね。食事までの、繋ぎ」
「そう、なんですか」
「人間の血を飲むより、薔薇を食すほうが、君達にとって印象がいいかな」

 髭切の口から、ふ、と吐息のような笑みが溢れる。嘲笑しているかのようなその笑みは、自身に向けたものなのか、私達人間に向けたものなのか、分からない。
 どう答えるのが正解か分からず、思わず黙りこむ。
 髭切は私の返事を期待していなかったようで、カップに口をつけ、静かに紅茶を飲んだ。

 髭切は、毎朝変わらず、薔薇の香料を落とした紅茶を飲んでいる。それは、鶴丸と連絡がつかなくなった直後もだった。
 飢えを凌ぐために飲んでいるのだったら、鶴丸と接触はしていないのだろうか。接触していたら、その血を飲みそうなものだ。それなら、髭切が紅茶を飲んでいるうちは、まだ接触していないのかもしれない。

 ほとんど願望のような憶測もむなしく、鶴丸が行方不明になって、ついに一ヶ月近く経ってしまった。
 行方不明の原因が原因であるため、私から事を広げるのは良くないかと思い、光忠が唯一の情報源だった。こまめに彼とやり取りするも、鶴丸の安否は確認できない。
 だんだんと、諦めの気持ちが広がっていく。もしかしたら、もう駄目なのかもしれない。
 それでも、朝と仕事の合間と、夜のラインチェックは欠かさなかった。諦めの気持ちが胸を占領しつつも、期待は隅っこに居座っていた。
 鶴丸のライン画面を開く。未読のままの、私のメッセージ。
 見る度に落胆していた気持ちは、徐々に慣れへと変化していった。
 
 そんな、ある日の事。
 仕事の合間に、習慣的にスマホを開けば、光忠からの着信が残っていた。
 光忠とはラインのやり取りが主で、電話は珍しい。急ぎの用なのかもしれない。もしかしたら……という期待が胸を過る。

 もしかしたら、鶴丸の事かもしれない。

 休憩時間に、直ぐ様リダイヤルボタンを押した。職場なら、あの兄弟の目を心配する事なく、電話ができる。
 プルルル、と無機質な呼び出し音が鳴る。回数が増えていくたび、緊張から心臓が速度を増した。3回、4回、5回……。プツッと途切れ、息を呑む。

「ただいま電話に出る事が出来ません。ピーという……

 機械的な声が耳に届き、溜めていた息を吐き出した。無意識のうちに、呼吸を控えていたらしい。
 また、後で電話しよう。そう思った直後、いきなりスマホが震え、思わず落としそうになった。
 画面には、光忠の文字。
 落ちつき始めた心臓が、再び早鐘を打つ。
 深呼吸を、ひとつ。
 画面に指を沿わせ、恐る恐る耳に近づけた。

……もしもし?」

 緊張から呼吸が震え、出た声は情けないものになってしまった。
 光忠の、低くてよく通る声を想像する。しかし実際聞こえてきたのは、予想もしていないものだった。

「よぉ。久しぶりだな」

 彼は、私の名を呼ぶ。
 その声は、この一ヶ月間、私が聞きたくてやまないものだった。



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