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二九六銀座でいただきます 試し読み

かまこやもり(雲形ひじき)@1/19文フリ京都
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2018-04-22 09:40:31

三日月パン史上、最大の飯テロ本!『二九六銀座でいただきます』の試し読みです。

文学フリマ東京、Text-Revolutions他で頒布します。

昔ながらの商店街、二九六銀座(ふくろうぎんざ)。
そこに住む人、やってくる人。
交わるところに、美味しいごはんはなぜかつきもの。

「からたち館 チェックイン」より

 ある日。

「お疲れ様でございます」
 響きが違いました。外回りから戻った時にかけられるなおざりな声とは。
たった一言だったのに、それだけで心から労をねぎらわれたような気がして、虎太朗(こたろう)は顔を上げました。
 正面に濃い色をした木製のカウンターがあり、そこから上半身を覗かせた白髪の老紳士がこちらを見て微笑んでいました。
 ロビーの右手には褪せたボルドー色のカバーがかかったアップライトピアノと大小さまざまな書籍の詰まった重厚な本棚、左手には深緑のビロードが張られた椅子が四つ、猫足のローテーブルを囲んでいて、その中の一つに小柄な女の子が座っていました。
 虎太朗はカウンターで予約した名前を告げ、チェックインを済ませました。黒のテイルスーツをかっちりと着た老紳士の対応はばかに丁寧で、間違えて五つ星の一流ホテルに来てしまったのかと思うほどでした。
 総務が手配する出張先の宿は、虎太朗のような平社員には一泊五千円程度の駅前旅館やビジネスホテルをあてがわれるのが常です。 この『からたち館』もちょっとレトロな商店街・二九六銀座(ふくろうぎんざ)の片隅にある、全部で六部屋しかないような小さなホテルでした。外観は明治時代を思わせる灰色の洋館で、橙の炎をゆらめかせるランプが玄関にかかっており、夕闇の中でも迷わず駅からたどり着くことができました。ポーチには華やかではないけれどよく手入れをされた大型植物の鉢が並び、影絵のように来訪者を歓迎していました。
「お部屋は二階廊下の突き当たり、二〇六号室です」
 渡された部屋の鍵には、ホテルおなじみのプラスチック棒の代わりに番号の焼き印が押された革のストラップがついていました。艶のある焦げ茶色はなめらかな手触りで、虎太朗の指先は無意識にそれを弄びます。
ふと先ほどの本棚が気になって前に立ってみると、表紙の割れた文学全集から先月発売したばかりのライトノベルまで節操無く収まっていました。支配人と思われる老紳士個人のコレクションというわけでもないようです。
「小糸(こいと)」
 そのとき、どこからかやってきたギャルソンスタイルの男性従業員が椅子の女の子にメモをすっと差し出しました。それを合図に、小糸と呼ばれた女の子は伏せていた目をぱちりと開き小首をかしげました。ふっくらとした頬は薔薇色で中学生のようにも三十代のようにも見える不思議な顔立ちです。
「一〇二号室」
「ん」
 マロンブラウンのボブヘアを揺らしてふうわりと立ち上がり、白いワンピースの皺を直しながら小糸はちろっと虎太朗を見やりましたが、すぐに興味を失ったように歩き出し、廊下の角に消えていきました。
「あれは当館専属のコールガールでございます」
 穏やかな声でカウンターの支配人が言いました。
「ご所望であれば」
「いやいや」
 出張の夜に娼婦を呼ぶなんてそんな上司みたいなことを、と虎太朗は慌てて手を振りました。そして、そろそろ部屋に行こうかとカウンター横の階段へ体の向きを変えた瞬間、右腕がすっと軽くなりました。
「お荷物をお持ちします」
 横を見ると、さきほどメモを渡していた黒ベストの青年がかしこまって立っていました。
 虎太朗が仕事で泊まるホテルに今までそんなサービスはなかったので少し戸惑いながら、脱いだコートとバッグを渡しました。
 隣に並ぶと、このベルボーイの長身が目立ちました。鼻筋は高く、薄い唇と無駄肉の付いていないあごのラインは彫刻のように整っています。階段を上る間は、聡明そうな琥珀色の瞳が虎太朗の足元へ気を配るように動きました。


作中の小糸の寝物語はテキレボアンソロに掲載されています。

http://text-revolutions.com/event/archives/7425



「星田珈琲 注文」より


*モーニング

 星田珈琲の朝は一本の電話からはじまる。
「お電話ありがとうございます。星田珈琲、サカイです」
『おはようございます、サカイくん。からたち館柏木です。サカイくん今日もモーニングをお願いしてもよろしいでしょうか?』
「おはようございます、柏木さん。はい、承ります。何セットおつくりしますか?」
『今朝はトーストセットをひとつ、ホットサンドをひとつ、それからおにぎりのをひとつお願いします』
「はい、わかりました。これからハナコトバさんがいらっしゃるのですが、七時までにお届けするので、いいですか」
『もちろん、構わないですよ。落ち着いたら、お願いします』
「ありがとうございます。ではまた後ほど、伺います」
 言って、サカイは受話器を卓の上に置く。
 からたち館は星田珈琲からひとつはさんだ隣の駅前ホテルだ。従業員は約三人。小ぶりの洋館が愛らしい。
束の間目を閉じて、これからの工程を組み立てる。朝の六時。シャッターが半分開く音、通学生の自転車の音。人々が動き始める埃めいた気配、これから射す陽なたの予感の匂い。
 ロール式のカーテンを巻き上げ終わったところで雛子がやってきた。
「おはようございます、サカイくん。今日のお花です」
「おはようございます、雛子さん。今日もありがとうございます」
「いつも、お店に出す残りのお花でごめんなさいね」
 ひとかかえほどもあった花束をテーブルでよりわけながら雛子は言った。雛子の勤める花屋ハナコトバは数日置きに、星田珈琲に花を届ける。ついでに各テーブルの一輪挿しへの仕分けと水切りもしてくれる。コツがあるのか、雛子が水切りした花は日持ちがいい。いいえー、とサカイはカウンターのなかから雛子に応えた。モーニングセットの野菜をざくざく切りながら花の話をする。充分きれいですし、半端が出るたびに持って来ていただいてますし。ちゃんと請求してくださいね? あ、それから。
「今日のエプロン、お似合いです」
 ピンクのエプロンをした雛子がうふふ、と笑った。サカイくん、年下でしょ? 生意気。
「生意気ですか」
「生意気です。」
 腰に両の手をあててふんと叱るフリをする。ご近所のおねえさんは今日もかわいい。
「雛子センセイ、のりたまのホットサンド、食べますか」
「……いただきます」
 雛子が胸の前でちょんと手を合わせる、その外から、威勢のいいパン屋の声が聞こえた。



「からたち館 チェックアウト」より


 二九六銀座の朝市は毎月第三日曜日、朝八時から十一時に開催されています。駅前商店街のお店を中心に、地元の個人店、飲食店などが通りにずらりと露店を並べ、お客さんとの交流を楽しみます。
 焼き立てのパン、新鮮な野菜、お肉屋さんの丼ぶり、甘く香る焼き菓子、ぬかが付いたままの漬物、宝探しのような古本のかご、フレンチレストランのお惣菜、熱々のチゲスープ、タコ焼き、豆腐、花、ワイン、骨董、手作りアクセサリー……挙げるときりがありません。
 その朝にしか買うことのできない限定商品を目当てにやってくる住民も多く、毎回お祭のように活気がありました。
 パラソルや運動会本部のようなテントを組み立てるお店もありますが、ほとんどは折りたたみの机に売り物を並べた簡易的な屋台です。空地には移動式のキッチンワゴンと、飲食スペースが現れます。
 からたち館から二〇メートルほど行ったところで、カマコは立ち止まり、お客さんが途切れたタイミングを見計らい、声をかけました。
「おっはよー」
「……おう」
「あいかわらず盛況じゃない」
「おかげさまで、寒い」
 コアラ色のネックウォーマーからタカヤの白い息が返事をしました。馴染みのカマコが相手なので、態度も接客モードが解除されています。
 星田珈琲には、店長のサカイくんの他に、大学生バイトのアオイとこのタカヤという全部で三人の従業員がいますが、朝市の間も星田珈琲はモーニングの客をもてなしているので、売り子はたいていタカヤなのです。入口付近で混雑しないように、出張ブースは少し離れた布団屋さんのシャッターの前に出すのがいつものことでした。



「星田珈琲 おかわり」より


 もうしばらくたてば白く染まるだろう息を、朝の光のなか吐きだした。ほんの少しの段差をのぼり、取っ手をつかんで扉を開ける。
「ジンジャーレモネード、生姜多めで」
 カラコロ、ほのぼのと鳴るドアベルとは裏腹の不機嫌な声にも、店長はもう慣れたんだろう。かしこまりました、と応える声はのほほんとしてさえ聞こえた。
「モーニングセットはどうなさいますか? トーストセットとホットサンドセットがございますが」
「トーストセット、……ホットサンドって今日はなんですか」
「のりたまです」
「海苔……」
「ほぼ卵サラダです」
 言い方。
「じゃあのりたまサンド」
「承知いたしました」
 取っていたメモ帳に律儀に二重線を引いて消して、店長は微笑んだ。日替わりホットサンド、レモネード、生姜多め。店長の手の中にわたしの言葉がメモされていく。店長がキッチンへと踵を返した途端、
「おーい、サカイくん」
 がらんがらん、ドアベルを遠慮なく鳴らしながら銀髪をショートカットにした女性が入ってきた。
「銀子さん、おはようございます」
「ん、おはよ! いつものね!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
 店長の案内も待たずに女性はさっさとカウンターに座る。もー急に朝晩寒くなってきたね、とか言いながら、入口のマガジンラックから引き抜いてきた朝刊をめくりながら。そうですね、もうすぐ葉が落ちますね、とか、店長が素直に応えるのが聞こえてきた。そんなに広くない珈琲店の、クリーム色と木のブラウンを基調にした色のなか、ちらちらと華やかなコスモスが、一輪挿しにして各テーブルに飾ってあった。
 申し訳程度に参考書を開いて、こっそりと店内を見る。代わり映えしない。コスモス以外は。当然だ。ここは珈琲店なのだ。それも、古き良き喫茶店時代の面影を濃く残した。よく磨かれた木目のテーブルと、広めの椅子、店内の空調をかき回す大きい羽根のファン、少しオレンジ色がかった電灯、年齢層の高い常連客。似つかわしくないところは、店内に跳んでいるwi-fiと、明るく窓の光を取り込むロールカーテンと、意外にも若めの店長。


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