「ダメ、だよな……仕事なのに」
撮影の仕事で感情を乗せられずに悩む冬馬君とPさん。北斗さんのとんでもアドバイスで状況が一変したお話です。
@toasdm
「休憩、とりましょ」
ファインダーから顔を外してカメラマンの女性がため息をつく。アシスタントスタッフの休憩でーす、の声を聞いても冬馬の表情は硬いままで、ポーズこそとりはしていないもののじっとバックペーパーの前に立ち尽くしている。大きなため息と共にペットボトルの水を呷りながら、カメラマンがスタジオの外へ出たのを確認してからやっと、冬馬も姿勢を崩して脇のソファへと身を投げ出した。
「天ヶ瀬さん……」
「……悪りぃ」
情けなさと苛立ちを隠しきれない声を漏らしながら、冬馬は近付いてきたプロデューサーから水を受け取る。それを手の中で持て余して、口もつけずにぼんやりと天井を見上げる彼に心配そうな視線を投げかけながら、彼女はもう一度、天ヶ瀬さん、と呼びかけた。
「今日、本当にどうしたんですか?」
「なんか……気が乗らねーっつうか…違うんだよ」
「違う?」
今日の撮影コンセプトは雑誌の単発企画だ。女性向け雑誌の企画のひとつで、遠距離恋愛をテーマにしたものだ。久しぶりに彼女に会う彼氏のお出かけコーデをスタジオで撮り、この後はロケが控えている。ソファで膝に肘を乗せて手を組んだまま、そこに額をあててため息をつく冬馬は、カメラマンからの要望に仕草や表情で全く応えられなかった。痺れを切らしたカメラマンが休憩を提案して中断された撮影は、気まずさでぶつ切りにされたような空気をスタジオに溢れさせている。
カメラマンが女性だからだろうか、とこっそり彼女は冬馬に聞いてみたが、彼は首を振って違うと言うばかりで、重苦しいため息が冬馬と彼女の足元に滞留しているような気配すらある。
「ダメ、だよな……仕事なのに」
「天ヶ瀬さん、あの、何が違うんですか?」
「……遠距離恋愛、わかんねえ……」
少し頬を赤らめて、冬馬はぼそっと呟いてまた、ため息と共にソファに沈んだ。彼女は、確かに、と頷いた。確かに。彼にとっては、遠距離恋愛などというものは縁遠い話だろう。そもそも女性をどう扱っていいのかもわからないような彼のことだ、想像がつかなかったとしてもおかしくはない。仕事だから、で割り切って片付けられるほど大人ではないが、言い訳をするほど子供ではない冬馬は、だからこそ悩んでいた。自分の不甲斐なさを責めていた。
「情けねえよな…クソっ、どんな顔すりゃいいってんだよ」
「あの、一人で悩まないでください」
え?と顔を上げた冬馬に、プロデューサーは微笑んでそっとその肩に手を置いた。
「一人で抱え込んだりしないで、ね?」
「プロデューサー……あ」
「え?」
そうか、と呟いた冬馬はスマートフォンを取り出して立ち上がる。どこかへ電話をかけながらスタジオから出て行った冬馬を見送った彼女は、ぽかん、としながらも、あの表情なら、と確信のような何かを胸に覚えた。そしてその確信は強くなる。戻ってきた冬馬の表情がそれを強くした。
「お待たせしました、お願いします!」
スタジオに、冬馬の声が響き渡る。その声がスタッフ全員を飲み込んで、空気感を一気に変えたのを、彼女も肌で感じた。……いけそうね、とカメラマンが不適に笑うと、すみません、お願いします!と冬馬はバックペーパーの前に立った。
表情が、全く違う。やっと会えたな、と目が言っている。こっち来いよ、と手が言っている。生き生きとありありと、全身で語りかける天ヶ瀬冬馬がそこにいた。撮影は、あっという間に終わった。カメラマンも舌を巻くほどの見事な写真の数々に、撮れ高最高!と上機嫌のままスタジオ撮りは終了した。いったい、あのたった三分程度の電話で何があったのか。撮影の間ちらちらと自分を切なそうに見つめていた冬馬に近付いた彼女は、ロケバスに移動しながら聞いてみた。
「さっき、誰に電話してたんですか?」
「ああ、北斗」
満足げな表情を浮かべた冬馬は水を飲みながら歩いて答える。それはいい人選だ、と微笑む彼女に少しだけ寂しそうな顔の冬馬が、ぽつりと呟いた。
「遠距離恋愛がわからないなら、あんたで考えてみろ、って言われたんだ」
「え?私?」
「…いつもそばにいるのが当たり前のあんたが、ある日突然離れ離れになってさ」
ドキリ、とさせる表情をしながら冬馬はぽつぽつと続けた。
「でも、今日やっと仕事で会える事になったら、どんな顔であんたに会うかを、考えてみろ、って」
「ほ、北斗さんが…そんなことを?」
にこっ、とアイドルスマイルをみせた冬馬が、ほんの少しだけ躊躇いながらも、プロデューサー、と声をかける。
「俺、あんたと会えなくなるなんて考えたこともなかった」
「そ、そう……」
「こんな寂しい気持ちになるなんて、知らなかった」
「うっ……」
「…あんたに会えて、嬉しいって思ったら、楽勝だったぜ!」
次のロケもこの路線で行くぜ!と、意気揚々とロケバスに乗り込む冬馬の背中を見つめながら、撮影の合間自分に向けられた視線の意味をやっと理解した彼女はほんのりと頬を染めながら、冬馬に続いてバスに乗った。ロケの撮影も順調だったが、彼女は無駄に疲れた。彼女は心の中でそっと北斗を責めた。なんてアドバイスをしてくたんだろう、と。