Mマス英題企画参加作品。
Dont tell lies.
うそをついてはいけない
葛之葉雨彦(切→甘々)
雨彦さんに嘘をついてもバレバレなお話です。
@toasdm
走り出した足がもつれて、思わず壁についた手を掴む雨彦さんに引っ張られなければきっと、転んでしまっていたに違いない。なのに私の口はといえば可愛げのない事を言うばかりだ。
「離してください!」
「お断りだ。…離せばまた、お前さんは逃げ出すだろう?」
「…っ、離して」
いやだ、と吐き捨てた雨彦さんが、ぐっ、と私の手首を掴んで引き寄せる。無表情のまま階段手前の廊下の壁に私の背中を押し付けて、壁に肘をついて私を見下ろして、嘘をつくなよ、と私を睨んでいる。未だ視線すら合わせられない私の顎を指でとらえて、こっちを見ろ、と雨彦さんは無理やり顔を向けさせる。伏せた目線の先、苛だたしげに床をトントンと踏んでいる雨彦さんのブーツが目に入る。…当然だ、私は私の身勝手で、彼に嘘をついている。そして、そんな私の幼稚な嘘は、大人な彼にはお見通しなんだろう。それはそうだと思う、ここにいる二人とも、私が雨彦さんを好きじゃなくなるなんて夢にも思わない。でも。でも私は、プロデューサーとしてやはり、これ以上彼のアイドルとしての価値を下げるわけにはいかないのだ。私さえ我慢すれば…私さえ、この恋心をなかったことにしてしまえばいい。その気持ちを気取られないように、真実に揺れる瞳を隠したまま、私はさっきと同じ事を繰り返した。
「もう、好きじゃないんです」
「へぇ…?」
強引に力強く顔をあげさせられて、雨彦さんの鋭い目線に射抜かれる。目を伏せるそばからまわりこんでくる顔は無表情のままで、逃げ場のない嘘つきな瞳を閉じるしかなかった私の唇に、雨彦さんの柔らかな唇が強く重ねられた。情熱を丸ごとぶつけてくるような雨彦さんの口付けが、私の決心をいとも容易く揺さぶってくる。駄目、これ以上こんな風にされたら、素直になってしまいそう。なんとか感情を抑え込み、私は雨彦さんの肩を思いきり押し返して、離して下さい、と抵抗する。当然びくともしてくれない。
「嘘をつくのはよくないなぁ?」
「だ、だから嘘なんて、んんっ!!」
肩を押す手を掴んで壁に押し付けて、雨彦さんはさらに深く唇を重ねてくる。息もできないほどに激しく、深く。うっすらと開けた目の前に、無表情のまま繰り返しキスを落としてくる雨彦さんの顔がある。揺らぐ決心がたてた音、堪え切れない涙がその音に押し出されるようにしてついに溢れてしまった。
「キスをするだけで泣き出すくらいに、俺を愛しているんだろう?」
声音と口調の優しさに導かれるように、私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。どこまでも優しく私を包むような、深い情を湛えた雨彦さんの切れ長の瞳が、全てを見透かすように私を見つめて言っている。嘘をつくなよ、と。観念するしか、ないじゃない…。諦めた私は雨彦さんに抱きついて、愛しています、と素直に告げた。
「どうせお前さんのことだ、アイドルと恋愛なんて俺の価値を下げるだとか、そんなつまらないことでも考えてたんだろう?」
「お見通しじゃないですか……っ」
「どうせバレるような嘘なら、ついてもつかなくても一緒だって、わかりそうなもんだがな」
からかうような口ぶりはいつも通りなのに少し目を伏せた雨彦さんの表情はどこか切なげで、はぁ、と息を漏らした雨彦さんは私を抱きしめると、勘弁してくれよ、と自嘲気味に言う。
「参ったな…嘘だとわかっちゃいても、お前さんに…お前さんの口から、そんな言葉が出てくると、俺は……」
強く抱きしめる腕がかすかに震えている。でもそれはほんの一瞬のことで、二回も言いやがったな、の声と共に私を見つめる顔はいつもの、少しいじわるな雨彦さんの顔に戻っている。
「お前さんの惚れた男は、恋人ができたくらいで価値の下がるような男かい?」
「う…な、なんでそんな、自信たっぷりなんですか…」
「さあな…自分でもよくわからないが、お前さんがついてくれるんなら大丈夫だろう、なんて思うのさ。なんせ」
やっと安心したような表情で、雨彦さんは私と額をコツンと合わせて目を閉じて笑った。
「俺の惚れた女は、最高のプロデューサーなもんでな」
この人は…ほんとに、この人は!そんなこと言われたら、観念するしか、ないじゃない!悔し紛れに返したキスに、少し驚いた雨彦さんが笑って私を抱きしめる。嘘をつくのはよくないぜ?ともう一度言って、雨彦さんが安心したように頭を撫でて言った。
「もう、俺から逃げようなんて思わないでくれよ?俺は…俺が思う以上に、お前さんに惚れ込んでるんだぜ…」
こんな優しくてかっこいい雨彦さんとなら、きっと、うまくやっていけると確信しながら私は、ごめんなさいと謝った。短い逃亡劇は雨彦さんの優しいキスで呆気なく終わった。