@risa_natsuko
悠太視点
初めて会った時、このイ・テヨンという警官を見ておよそ警官らしくないと思った。俺のイメージはもっと強くて厳しそうで、高圧的だったから。だがテヨンは真逆で、儚げな美貌をもつうえに優しく物腰柔らか、探偵なんて堅気じゃない仕事をしている俺に対しても紳士的で、情報量も気前よく弾んでくれた
普段の彼にしてもそうだ。おっちょこちょいのへなちょこで、乙女で、家事や料理が大好きで、いかにもかかあ天下で尻に敷かれるタイプだと思った。というか、いつでも関白亭主のもとへ嫁に行けると思った
ぶっちゃけとんでもなかった
俺も鈍ったものだと、転職を考えたほどだ
「…ッ近い近い近い」
「ユタ、逃げないで」
病院から帰って家で資料を纏めていると、仕事を終えたテヨンが押し入るようにして上がり込んだ。付き合いだした時同棲に誘われたが、彼の警官としてのキャリアの邪魔になるような気がして断った。癒着を疑われかねない
「キム・ジョンウと会った時は名前さんのことを聞く前で、誰かが命の危険にさらされてると知らない状態であいつに会ったってことだよね?」
「だってあいつ今じゃちょっとした富豪やし、なんでも最近可愛がってる子が巻き込まれるかもしれないから金に糸目はつけへんって…」
というか、「マークに何かあったら今度こそ僕刑務所行きだから、爆速で調べて?」と微笑まれたのだ。あいつが色々黒いことをやったのは知っているし、あの分じゃ俺のことまで殺しかねない。というかたぶん、断ったらその時点で物理的、精神的、社会的いずれかの死を迎えることになる
「依頼料に遂行代、経費まで弾んでくれたから俺今結構潤っててん。いい肉買うたるから許して?な?一緒に食おう?」
「許してほしかったら別のもの食べさせて?」
出た
笑ってる。めっちゃ笑ってる。テヨンがこの笑顔を見せる時、俺はだいたいひどい目にあう
「……落ち着こ?な?そもそも何でそんなジョンウのこと嫌うんだよ」
「それ僕に聞くの?」
「あいつ確かにヤバいけど、探偵なんて関わる人の80%はヤバい人か怖い人かヤバくて怖い人やで。それにゲイやいうてもお互い相手おんねんから…」
「あいつの好きな相手が変わったら?マークが相手してくれないのに痺れ切らしてマークに負けず劣らず可愛いユタに目を向けたら?それに警察が追うのやめたのは状況証拠しかないからで、理由はどうあれあいつは黒だ」
「……それ言うたら俺やって真っ黒や」
初めてテヨンの依頼を受けた時、俺はいろいろとまともじゃなかった。日本にいた頃は警官を夢見ていたものの、高校時代親の仕事で渡韓した際言語と国籍と性癖でおおいに躓いた。せめて言葉を覚えればと思いいろんなところに出入りしているうちに、顔が広くなり、言語を補うために身に着けた観察眼が仕事になっていた。それと同時に厄介な趣味も覚えてしまっていた
「僕のために働いてくれたらお金を払う。薬やめてくれたら倍払う」
相手が警官とは知らず、金に釣られていうことを聞いたのだが、テヨンは徹底していた。どういうわけか次の日にはなじみの売人が逮捕され、俺はリハビリ施設に放り込まれた。何の権利があってと騒いだが、違約金を請求するぞと言われて黙った。薬をやっている時に誰かと契約を結ぶもんじゃない。録音までされてた
リハビリ施設から毎日捜査に出かけた。ある男を見張って怪しい点を全て調べろと言われた。俺の捜査手法にテヨンは顔を顰めていたが、背に腹は代えられないと言っていた。なんでも、相手は悪人らしい
その後その男が保険金詐欺で事故に見せかけ妻を殺していたことがわかった。そいつのアリバイを崩しあれやこれや証拠をあげてみせると、テヨンは子供みたいに喜んだ。裁判か何かで使うのかと思ったら、テヨンはその足で男の職場へ向かい、そのまま男に手錠をかけた。彼が警官と知って俺は慌てて逃げ出した
そのまま施設に戻らず、家を知られているので急いで引っ越した。2週間後、インターホンが鳴って鍵を開けるとテヨンがにっこり笑っていた
「施設から逃げ出したね。違約金」
「…ッ冗談やない!!警察って知ってたら依頼受けんかったわ!!」
「うん、だから言わなかったの。でも依頼料欲しくないの?」
「いらんわ帰れ!!」
「えー…大人しくリハビリ受けて薬から完全に足洗うなら、お得意さんになってあげるしむちゃくちゃな捜査手法にも目をつぶってあげるし薬のことも見なかったことにしてあげたのになぁー残念」
無駄に綺麗なその顔をぶっ飛ばしてやりたかった
「ユタは真っ黒なんかじゃないよ!!あれだよ、捜査顧問探偵」
「アメドラやないねんから。それに顧問言うてもお前だけや。俺警官嫌いやねん、特にあのもちもちしたでかいのは暑苦しいから好かん」
「ジェヒョンはユタに懐いてるんだよ。でも嬉しいな、僕だけのユタだ」
語弊がある、とは言えないのが悔しい
「とにかく、男と付き合ってることとかその相手が元ジャンキーの探偵でしかも日本人とか、ばれたらまずいやろ。あんな同僚の前でばらすようなこと…」
「ドヨンはこのこと内務調査局にチクるようなやつじゃないし別に探られたって僕の腹は痛くない。僕は警官として誇りを持っているけど、それ以上にユタに誇りを持ってる。そんなこと言わないで」
テヨンは普段気弱で繊細で、何で警官なんてやっているのか不思議なくらいだが、ふとした時に感じる怒りは警官そのもの……というよりそれ以上だ
「薬に溺れてるユタを助けたのは情報屋として使えると思ったからだ。優秀で洞察力もあって地道な捜査を怠らない。部下に仕事を丸投げして踏ん反り返ってるうちの上司なんかより余程警官に向いてる。リハビリ代を出して報酬も弾んだのは警官としてユタが必要だったからだ。法に縛られてる僕には出来ない捜査がユタには出来る」
「…感謝してるよ。その捜査もテヨンが色々目つぶってくれてるからやけど」
「僕がッ……僕がユタを好きになったのは依存者だからでも探偵だからでも日本人だからでもない!!ユタだからだ!!」
「わかったって…泣くなよ、ほら。俺お前が泣くのに弱いねん…」
「そうなの?」
テヨンが涙目のまま顔をあげ、再び迫り始めた
「おっと、流れが変わった」
「ねえどうなの?僕が泣くとユタ弱いの?」
「武器にしようとしても無駄。騙されへん」
「そう?残念」
とっさにすり抜けようとするも、あっさり腕をとられて抱き込まれた。そのままソファに運ばれる。細身でピノキオみたいな手をしているくせに、テヨンはいざという時力が強い
「離せ!!」
「僕に敵うと思うの?ユタが?ユタに護身術仕込んだの誰でしたっけー」
「それも頼んでないのに探偵の仕事には危険が伴う言うて訓練にかこつけてセクハラして来たんやろ!!」
「聞こえませーん」
テヨンは俺をソファに押し倒すと、そのまま俺の体に乗り上げた
「僕、ユタが勝手にキム・ジョンウと会ってたことまだ許してないからね」
「いや、ほんと、すいませんって…」
「お金に目がくらむとどうなるかきっちり教えてあげるよ。僕以外の依頼受ける気なくすまで続けるからねー」
「嘘だろ」
「専属になる?同棲する?お嫁に来てくれる?うんっていうまで離さないから」
何が嫁に行けるだ。何が儚げな乙女だ
関白亭主なんてもんじゃない。嫉妬すると面倒くさい絶倫狼だ
「はいこれ、成功報酬と経費諸々。相変わらずイ・テヨン以外からはぼったくるよね」
翌日うちに来たジョンウが分厚い封筒を差し出した。中を確かめる
「俺がぼったくるのはぼったくっても良心痛まなそうなあくどい金持ちだけ。情報提供者に謝礼金払わないかんもん。庶民と困ってる人には優しい料金設定やから」
「あくどいなんて失礼な。それは結構だけど、せめて小切手対応にしてよ」
「うち現金商売。悪いな」
ジョンウはソファに寝そべって金を数える俺を見て言った
「もしかしてヒョン立てないの?」
「疲れてんだよ連日の調査で」
「なんだ。テヨンさんに腰ぶっ壊されたのかと」
「ぶっ飛ばすぞ」
その通りだけども
「テヨンさんも嫉妬深いよね。仕事に口出すなんて」
「あいつ警官やから、お前のこと警戒しとるんちゃう?」
「証拠ないもーん。それにユタ兄はタイプじゃないって言っといてよ」
「意中のカモメペンギンはどうなったんだ」
ジョンウは病室に通っていたマークという子に夢中らしい。カモメ眉をしたペンギンみたいで可愛い子だった
「……」
「殺意向けるな、何もせえへんって。その調子で怖がらせてるんか。まだ子供やのに可哀想に」
「そんなことするわけない。マークを怖がらせたりしない」
とか言いつつ目は据わっている。と、そこへ携帯が鳴った。発信者を見て冷や汗が出た
「仕事中やろ、どうした?依頼?」
『どうしてるかと思って。キム・ジョンウから依頼料は受け取ったの?』
「ぉん。せやからテヨンも余計なこと考えんと仕事して」
『今そこにいるなんてことないよね?』
ばれてる
「……誰かさんのせいで出歩けない体なんで」
『へえそう。じゃぁ今僕たちの愛の巣でキム・ジョンウと二人きりになってるのは僕のせいってわけ』
「そもそも俺の家やし歩けたら外で会うて金貰うわ!!……ッ笑うなそこ!!」
口を押えて震えているジョンウにクッションを投げつける。するとテヨンが携帯をスピーカーにしろという
『キム・ジョンウ、ユタに近付かないで!!』
「依頼しただけですよ、お巡りさん。名前さんの頼み断ったなんて知られたらマークに嫌われる」
『ユタに何かしてみろ……どんな手を使ってでもお前を挙げてやる』
「頑張ってください。大丈夫、ユタ兄よりマークの方が可愛い」
『ユタの方が可愛い!!』
「テヨンお前黙ってろ、仕事戻れ。じゃぁな」
『帰ったら覚えてろぉ!!』
俺は電話を切るとローテーブルのオレンジを投げつけた。それをキャッチして「ご馳走様」と言い残し、ジョンウは帰って行った
本格的に転職考えようかな