「相変わらずお前さんは料理がうまいな」
遅くに帰ってきた雨彦さんにご飯を用意して、ついでにデザートになるお話です。雨彦さん、絶対お箸使うの上手でしょ…。
@toasdm
きっと疲れて帰ってくるだろう、と思った私は気がつけば、雨彦さんの大好きなものばかりを作ってしまっていた。先に食っててくれ、と連絡があったから自分の分だけはちゃちゃっと済ませて雨彦さんには丁寧に、純和風の献立を用意する。
ほうれん草のおひたしと、おあげとネギのお味噌汁。きんぴらごぼうとささみのゆず胡椒焼きに、北海道産のおいしそうな鮭の粕漬けを焼いた、シンプルだけれど食が進みそうな、お酒のアテにもぴったりの夕飯を雨彦さんが食べたのは、夜も更けた二十二時過ぎだ。
「ただいま」
「おかえりなさい、お疲れ様です」
疲れた、と玄関先で私を抱きしめる雨彦さんは本当に疲れているようで、身長差からどうしても覆いかぶさるようになってしまうただいまの抱っこが、今日はいつもより少し重たく感じる。ずしりと感じる愛しい体重を支えて私は、爪先立ってその頬にそっと、優しく唇を押し当てる。一緒に生活するようになってから欠かしたことのない、いってきますといってらっしゃいのキス、最初は気恥ずかしかったけれども今では慣れたもので、逆にしないと落ち着かないようになっている。そのまま顔を傾けて、雨彦さんも私の頬に軽くキスをしてくれて、体を離してもう一度、今度は私を抱きかかえたまま唇にもキスをしてくれる。
「ふふ、疲れてるんじゃないんですか?」
「疲れたさ」
重たくないんですか?と笑う私に、なぁに軽い軽い、と雨彦さんも笑って答えて、そのままリビングへと移動する。いい匂いだな、と部屋に入ってソファに座った雨彦さんは私を抱きしめたまま、はぁ、と安心したような、気の抜けたため息を漏らしている。
「お腹すいてますよね、すぐ用意しますから」
「ああ……いや、もう少し」
「わ、ちょっ、雨彦さん離して!」
まるで甘える子供のように私に抱きついた雨彦さんの手をなんとか振りほどいて、私はキッチンへと向かう。けらけらと笑っているところを見ると、どうやら私の反応をみて楽しみたかっただけみたい。この人は…!と思いながらも悪い気はしないし、愛されていると実感できる雨彦さんのからかいは嫌ではないから、とすっかり甘くなっている自分に苦笑しながらも、食卓に料理を並べていく。
「お前さん、先食ってたんだろうな?」
「ええ、お腹すいちゃいますし、雨彦さん怒るでしょう?」
以前こんな風に遅くなった時、うとうとしながらご飯も食べずに待っていた私を、真剣に怒った雨彦さんの表情は記憶にまだ新しい。一緒に食うのも大事だが、お前さんが体を壊しでもしたら、と心配そうな顔をしてくれたっけ。お風呂ももう済ませてしまったし、あとは雨彦さんだけですよ、とご飯をよそって並べると、雨彦さんは丁寧に手を合わせて、いただきます、と食べ始める。
「相変わらずお前さんは料理がうまいな」
「雨彦さんの舌が調教されただけかもしれませんよ?」
「はは、一理あるな」
うまい、と箸の止まらない雨彦さんの様子に、私は心の奥をくすぐられたような心地よさを感じる。品のいい雨彦さんの手がお箸を上手に操って、お魚の骨をスッと抜いてちょうどいいサイズにほぐして口に運ぶ一連の動作が少し色っぽくて、私の目線はその動作に釘付けになってしまう。
「食うかい?」
「ほぇ?!あ、いえ、違います違います!」
食べたくて見てたわけじゃないんです、と慌てて否定する私の様子がおかしかったのか、雨彦さんは笑いながらお魚を口に放り込んでから、だったらなんだい?とニヤニヤしながらこちらを窺っている。
「や、あの……お箸の使い方が、上手っていうか……」
「歯切れが悪いな、なんだい?」
「うぁ……あの…」
笑わないでくださいね、と前置きをしている段階で既に笑われているのはこの際気にしないようにして、私は思ったことをそのまま、ぽつりと呟いた。
「器用で、ちょっとセクシーだな、って思った…だけ、です」
「……へぇ?つまりお前さんが食いたいのは飯じゃなくて、俺ってことかい?」
にま、と口元を歪めた雨彦さんが目線と表情で私を悩殺しようとしてくる、勘弁してほしい!そういうわけでもないです、と必死で否定する私の前で、雨彦さんは米粒ひとつ残さずに食べ終えて、ごちそうさん、と手を合わせてからそのまま、上目遣いに私を見ている。
「……さて、お次はデザートといこうか」
「なっ!?」
一度置いた箸を手にとって、先でちょん、と私の唇をつついてから、雨彦さんはニッと笑う。
「このデザートは、箸は必要ないかもな?」
手づかみでいただくとするさ、と立ち上がり、食器をキッチンに下げた雨彦さんは、突然の出来事に身動きの取れない私を後ろからぎゅっと抱きしめる。疲れてるんじゃないんですか?の問いかけと抵抗は、あまり意味がなかったみたいだ。