@toasdm
グッ、と上から圧し掛かるような圧力に、耳の中がボワンと、まるで飛行機に乗ったときに感じるような、気圧でおかしくなったような感覚を覚える。あ、と身構えるには頭はまだはっきりと覚醒しておらず、一瞬で襲い掛かってくる予兆に指先をなんとか、隣で寝ている温もりの方へと伸ばしたところで時間切れ。――久しぶりだな、と冷静に頭は判断しているが、気持ちは少々焦っている。不快感しかない。金縛りなんてそんなものだ。
恐怖はあるかと聞かれれば、そこまでではない、と答えるしかない。そこまで、幽霊的なものを感じるだとかそういった恐怖にまで縛られているわけではない。ただただ不快感、眠りを妨げられた苛立ちと耳鳴りが気持ち悪い。動かせない体に焦る気持ちとは裏腹に、頭は存外冷静だ。なにせ、隣には雨彦がいる。ぎちぎちと動かない体では、触れることも叶わないが。
息苦しさにうめき声すらあげられずに、彼女は冷や汗をにじませた顔に苦悶の表情を浮かべる。怖くない、大丈夫、そのうちなんともなくなる。それと同時に、届かないと知りながらも、隣の寝息の主を求めて、心の底から叫んでみる。雨彦さん、雨彦さん助けて、苦しい、と。いつもならそのまま意識を手放してやり過ごす金縛りだが、隣に頼れる者があるというだけで縋りたくなる自分の弱さが少々恨めしい。根拠はないがきっと雨彦なら、自分を助けてくれるような、そんな気がしたのだ。
耳鳴りの向こうから、衣擦れの音がする。目すらも開けられない硬直状態で、彼女はもしかして、と少しだけ期待する。もしかして雨彦さん、気付いてくれた……?真っ暗闇の中に僅かな光の点が、針の先ほどの小さな白が見えたような気がして、彼女は渾身の力で指先を動かそうと目論見る。ぴくりとも動かない自分の体に泣きたくなるような気持ちを抱えた彼女のその指に、優しい温もりがツン、と触れた。
「……こんな夜更けに、何をするんだ」
掠れた声が彼女の耳にはっきりと届く。熱したナイフを押し当てたバターのようにするり、と指先の強張りがほどけていく。反射的に雨彦を求めて、彼女はその指を雨彦の指に絡めてぎゅっと握った。声はまだ出ない。息も苦しい。
「返してもらおう、こいつは」
優しい手は肩に回されて、体はぎゅっと引き寄せられて、しっかりと抱きしめられる。それと同時に耳元に、彼女に向けたものではない鋭い言葉が響く。
「――こいつは、俺のもんだ」
バチ、バンッ!と何かが爆ぜたような衝撃を感じて、それをきっかけに彼女の耳は正常に戻る。もう息苦しくないはずだぜ、と優しく撫でられた背中が弛緩して、そこでやっと彼女は呼吸を取り戻した。怖かった、と抱きつくこともできる。迷惑なやつもいたもんだな、と笑う雨彦に抱きしめられて、くすくすと笑うこともできる。金縛りが解けた彼女には、もうなんでもできる。できるのだが――…。
「雨彦、さん……」
疲れた、とだけ呟いた彼女は、ありがとうも言えないままに再び意識を眠りの中へと投げ出した。
「……お疲れさん」
二度とこいつに手を出すなよ、と誰ともなしに呟く雨彦は、せめて一夜のお守りに、と彼女の額に唇を押し当ててから彼女の待つ夢の中へと落ちていった。