@toasdm
私は持ち帰りの仕事、想楽さんはレポート。同じ部屋にいてそれぞれ別なことをしている時間は、無駄ではないと思う。別なことをしていても、お互いの存在を感じながら過ごす時間は、大事だと思う。特にどこかに出かけなくてもいい、という間柄は居心地がよくて、日々の忙しさの合間に挟むこんななにもない時間が私は好きだし、多分、想楽さんもそうなんだと思う。
「よしっ、できたー」
「お疲れ様です、想楽さん」
「僕の方が早かったねー」
うーん、と伸びをして、立ち上がった想楽さんはコーヒー飲むー?とキッチンに向かう。お願いします、と声をかけて、私も負けじと仕事を片付けにかかる。マグカップを二つ持って仕事机にやってきた想楽さんは、お疲れ様ーとカップを置いて、私の後ろでソファの背もたれに浅く腰掛けて、同じコーヒーを飲んでいる。
「まだかかりそうー?」
「いえ、もう少しです」
「そっかー」
のんびりとした口調の想楽さんの、陽だまりみたいな存在感が嬉しくて、私はコーヒーを一口すする。特に何も言わなくても、想楽さんは私のコーヒーにお砂糖とミルクを絶妙な加減で入れてくれる。すっかり味を覚えちゃったんだよねー、と言いながら、でもこれは僕の好きな味でもあるんだー、と笑っていたのを思い出す。
…そういえば、想楽さんの一人称って『僕』だよね。想楽さんらしくて好きだけど、それ以外の一人称を聞いたことはない。例えば、俺、とか……?
「ふふ、変な顔してるー」
何考えてるのー?といつの間にか隣に来て顔を覗き込む想楽さんに、私は思わずカップを取り落としそうになる。しっかりしてよー、とくすくす笑って自分のカップも置きながら、想楽さんは私を後ろから抱きしめてくる。
「べ、別に、そんな、たいしたことでは…」
「ふーん……?」
「う……あ、いえ、その…………」
肩口に顎をのせて、私の耳元に囁くように、教えてよー、と笑う想楽さんは、私がこうされると弱いというのを知り尽くしていてわざとそうしている。笑わないでくださいね、と前置きをする私に、いいよー、と返す声は既にちょっとだけ笑っている。
「あの、想楽さんの一人称って、ずっと僕じゃないですか」
「あー、そういえばそうだねー」
「…………」
「俺にしてみるー?」
「?!」
待って私まだなにも言ってない!私の混乱と驚きがわかったのか、耳元の想楽さんはにまっと笑っているような気がする。いやこれ絶対笑ってる。スゥ、とゆっくり息を吸う音がして、私の心は対衝撃姿勢の構えだ。来る、絶対想楽さんの何かが来る。
「……ふふ、俺のこと好き?」
「うわぁ」
予測可能、回避不可能。ちょっとこれは、うん。心臓によろしくない。いつもより低い声で、間延びしてない口調で、一人称が俺で。今私を抱きしめている想楽さんは私の知ってる想楽さんなのに、私の知らない想楽さんが耳元で、そんなとんでもないことを言っている。
「あとはそうだなー、俺の女、とかー?」
「待ってください待って」
「俺、もう待てないんだけど」
「うわぁ!」
首筋に当たる柔らかい感触、想楽さんの唇が首筋を辿って頬に、耳に。
「早く俺のものになってよ……」
「も、もうなってますからっ!!」
勢いよく振り返った私の目の前、見慣れた想楽さんの顔がある。にまりと笑って悪戯をする子供のような表情で私を見つめる想楽さんのおでこがこつんと私のおでこと触れ合う。
「一人称、どっちがいいー?」
「僕でいいです!!」
そっかー、と心底楽しそうに笑う想楽さんは、まるで私の弱点でも見つけたかのように楽しそうだ。たまに俺にしてみよっかー?のご提案は丁重にお断りしたけれど、でもきっと、たまに悪戯で突然、今みたいなことをするんだろうと思う。早くお仕事終わらせてねー、と自分のカップを持った想楽さんは、再びソファの背もたれに浅く腰掛けて、私の後ろで待っている。……悪戯好きの子供に隙をみせてはいけない、と肝に銘じて私は、残りの仕事をやっつけた。