@toasdm
我ながら何をやっているんだろう、と鏡の前で私は頭を抱えた。似合うか似合わないかでいったら、まあ、ちょっと似合ってると思う。変身願望は誰にでもあるっていうし、たまにはこういうのも面白いかな、とノリと勢いだけで買ってみたメイド服に身を包んだ私は、多分それっぽくは、見えると思う。ちらっと時計を確認すると、もうそろそろ、来客の時間。……きっと、この姿の私を見て、指をさして大爆笑するんだろう。もしくは呆れた顔で、何してるのさー、と脱力するか。とにかく、可愛いだとか萌えるだとか、そういう反応にはならない気がする。それなりに見えるように、ぺらっとした安物ではなくて、エプロンを外せば普通にシックなワンピースとして使えなくもないような、普段使いできるようなメイド服は、結構いいお値段はしたけれど、後悔はそんなにしていない。ええいままよ、とキッチンに移動して、私はお茶の用意を始めた。
「こんにちはー」
時間ぴったりに部屋を尋ねてきた想楽さんの声に、私は覚悟を決める。玄関のドアを開ける音にきゅっと拳を握り締め、よし、がんばれ、私はできる!と自己暗示をかけてから玄関へと向かう。
「お、おかえりなさいませごしゅじゅ……っ!」
うわ恥ずかしい噛んだ!言えてない!大体ご主人様なんて言い慣れてないし、私は早口言葉はそんなに得意じゃないんだ!練習しとけばよかった、と赤面する私を見て、想楽さんは一瞬固まってから、普通に靴を脱いで部屋に上がりこんでくる。……まさかのノーリアクションだ。これはちょっと、予想外だ。
「あー、クッキーだー」
金網の上で冷ましていた焼き立てのクッキーを見つけた想楽さんは、それをひょい、っと口に放り込んで、おいしー、と満面の笑みでソファに座る。ここまで、私の格好及び噛み噛みセリフにはノーリアクションだ。……手強い。
「やっぱり、プロデューサーさんはお料理上手だよねー」
もぐもぐとクッキーを頬張ってご満悦の想楽さんは、ニヤニヤとしながら私を見ている。セリフ噛んだとかそういうあれよりも、ノーリアクションっていうのが一番堪える。けど、こうなったら持久戦だ。私は気を取り直して想楽さんに離しかけた。
「すぐお茶にいたしますので」
「わーい、ありがとうー」
お茶の用意をしながら、私は一人脳内作戦会議。傾向と対策。想楽さんが何を考えているかわからないけれども、でも、少なくとも顔を顰めていたりはしなかったから、悪からず思っているのは確かだろう。だったら…だったら、絶対引き出してやるんだから!可愛い、の一言を!!
「お待たせいたしました、こちらのクッキーは、ご主人様が先日おいしいとほめてくださったココア味のクッキーです」
「覚えててくれたのー? ふふ、嬉しいなー」
いただきまーす、と平然とした顔でクッキーをつまみながら紅茶を飲んでいる想楽さんの横に腰掛けて、私もクッキーを一口かじる。……あ、おいしい。結構上手にできてる。自然と綻ぶ口元と緩む頬、気がつけば私はもう一枚、と手を伸ばしていた。
「……別にそんな格好しなくたって、プロデューサーさんは十分可愛いよー?」
「ん、ぐっ!?」
こちらをちらっと見もせずに、想楽さんは急に爆弾を投下してきた。むせそうになる私の背中をとんとん優しく叩きながら、想楽さんはそこでようやくくすくすと、笑って私をじっと見る。
「可愛いって、言ってほしかったんじゃなかったのー?」
「う……そ、そう、ですけど」
「可愛いー」
横から私を抱きしめて、想楽さんは私の肩におでこをくっつけて、すりすりと甘えるように、可愛い、可愛いと繰り返している。
「可愛いって言ってほしそうだったから、言うのずっと我慢してたんだー」
「うぅぅ……どうしてそういう意地悪をするんですか……滅茶苦茶恥ずかしかったんですよ、セリフ噛むし」
「あー、あれが一番きつかったなー……顔に出てなかったよねー?」
全く出てませんでした、とややふてくされていう私のほっぺたに、想楽さんはそっとキスをして耳元で囁くように言った。
「意地悪したくなるくらい、可愛いのがいけないと思うなー……?」
似合ってるよー、とスカートの裾をぺろんとめくろうとする手をぺちん、と軽く叩いて、私はクッキーを想楽さんの口に押し込んだ。意地悪さんにはおしおきです、とやけくそ気味に笑う私を抱きしめたまま、こんなおいしいお仕置きだったら大歓迎だよー、と笑う想楽さんは、紅茶とクッキーのおもてなしを味わいながら、私を抱き寄せてくれていた。その間、可愛い、と何回言われたのかなんて、私は全然、覚えていない。