@toasdm
汗ばむ陽気、なんて言葉がそろそろ顔を出し始める季節。お風呂もバスタブにお湯を張るよりさっとシャワーで済ませたくなるような季節。道夫さんは「疲れをとるためにも湯船に浸かるべきだ」と譲らないので、仕方なく湯船に浸かったけれども。
「道夫さん、暑いです……」
ぐったりとソファに沈むだけの私の背中をとんとんと優しく叩いて、道夫さんは呆れたような声を出す。
「髪の毛くらい乾かしなさい」
風邪を引く、と言う声は優しいけれど、どこか力強くて強制力がある。プロデューサー、と呼びかける声に渋々顔を上げれば案の定、呆れた表情の道夫さんが私に目線を合わせてしゃがみこんでいた。
「暑くて、めんどくさいんですよ……」
「ふむ……仕方ない」
「え、あ、うわっちょっと、ちょっ! 道夫さん!」
肩にかけていたバスタオルで、道夫さんは私の頭を包むとわしわしと、がしがしと、ワイルドに水分を拭き取る。首に力を入れなさい、と言われても、男の人の腕の力に対抗できるほど力があるわけではないし、体制的にかなり辛い。
「じぶ、自分でやりますから!!」
「む、そうか」
意外なほどにあっさりと手を離した道夫さんからバスタオルを取り戻して、私はパンパンと、髪の毛をタオルで挟んで丁寧に水分を取っていく。
「……なるほど、そうしないと髪の毛が傷む、か」
「……なんでにやにやしてるんですか」
「フッ」
絶対、私が自発的に髪の毛を乾かしたくなるように、わざと、力いっぱい頭をわしわししたに違いないんだ。道夫さんの小さな悪戯に、私はすっかりしてやられている。だから、少しくらい甘えたって許される、イーブンになるはずだ。
「タオルドライは自分でやるから、ドライヤーは道夫さんがやってください」
「ほぅ?」
いいだろう、と眼鏡のブリッジをあげた道夫さんは、慣れた様子でドライヤーとヘアブラシを持ち出してくる。延長コードもだ。
「え、ここで?」
「君のことだ、動きたくないなどと言い出しかねないからな」
……うわーバレてる。実際私は動きたくないし、そういってお断りしてソファでだらだらを続行するつもりだったんだ。読まれてしまっては仕方がない、と私は大人しく背中の道夫さんに髪の毛を預けた。
意外なことに、なんて言ったら怒られるかもしれないけれど、意外なことに道夫さんは、本当に、手馴れた手つきで私の髪を手早く乾かし始めた。乾きにくい襟足や耳の裏から、生えグセを取るように頭皮を指の腹で軽く擦って。上から下に、丁寧に。キューティクルを労わるように、大切に。道夫さんの指先が時折私の耳に触れてくすぐったい。
まるで宝物でも扱うかのように丁寧に仕上げられて、ドライヤーのスイッチが切られる。……結構、心臓に悪かった。そもそも誰かに髪の毛をいじられるっていうのは、気持ちがいいもので。それが、恋人ともなると、こう……ドキドキしすぎてどうにかなりそうだった。
「ふむ、こんなものか」
よし、いいだろう。と満足気な道夫さんが、最後にヘアブラシで丁寧に私の髪の毛をとかしてくれた。触ってみるといい、と言われておずおずと手を伸ばしてみると。
「うっそ……え、えぇぇ~……」
サラサラしていて、指先で艶を感じるくらい。鏡がないから見えないけれど、きっと天使の輪なんかもできているんじゃないだろうか、できていてもおかしくないくらいだ。ふわ、とまだ温かい髪の毛ごと包むように、後ろから道夫さんが私を抱きしめてくれる。いい匂いだな、と低く優しい声が耳元でして、私はまたドキリと鼓動が跳ねたのを自覚する。
「君を」
ぎゅ、と抱く腕の力が強くなって、私の耳元に顔を埋めるようにしながら道夫さんが言う。
「君を、世界一可愛くすることができた」
切なくて甘くて優しい声で囁かれて、胸が苦しくて息ができなくなる。あわあわする私にさらに追撃。
「無論、私の世界では常に、君が一番、可愛らしいが」
恥ずかしげもなくそんなことを、しれっと言ってのけた道夫さんは、名残惜しそうに私の髪にそっと唇を押し当ててから、ドライヤーとヘアブラシを片付け始める。去り際ちらっと見た道夫さんの耳は、ほんの少しだけ赤かったような気がした。……全く恥ずかしくない、というわけではなさそうだ。道夫さんの人間らしい部分に私は少しほっとして、それからくすりと笑ってもう一度、自分史上最サラの髪を撫でていた。