『俺は、お前さんの飯が存外好きらしい』
Pさんにすっかり胃袋を掴まれてしまっている雨彦さんと、雨彦さんにすっかりハートをつかまれてしまっているPさんの、夕飯の相談のお話です。
@toasdm
もう夏はすぐそこか、と、スーパーに並ぶ野菜のラインナップで季節を知る。オクラ、ナス、トマトにキュウリ、トウモロコシ。夏野菜の彩りは、眩しい夏の日差しを思い起こさせてくれるようで、私は目を細めて真っ赤に熟れたトマトを手に取りカゴに入れる。ブルブル、と外に出ている間はマナーモードに設定していたスマートフォンが鳴動して、私はポケットからそれを取り出し画面を確認する。トクン、と胸が高鳴るその名前、通話のボタンをタップして私は電話を取った。
『……ん、外かい?』
「はい。ふふ、お疲れ様です雨彦さん」
恐らくは、スーパーの店内放送の音を拾ったせいだろう。買い物中か、と雨彦さんは笑って、ちょうどいい、と話を続ける。
『今日は何を作るつもりだったんだい?』
「ええと、夏野菜がたくさん並んでいて、おいしそうだったのでトマトを買いました」
『トマトか……ああ、いいな。お前さん、好き嫌いはなかったな?』
「え? はい、だいたいのものは食べられますが」
トマト、と繰り返して雨彦さんは電話口で少し考え込んでいる様子だ。
「今日は、うちでご飯召し上がりますか?」
『ああ、すっかり胃袋を掴まれちまったからな、お前さんの飯がないとどうにも気合いが足らなくなっちまう』
「ふふふ、もうすぐ夏ですからね。なにか食べたいものはありますか?」
このくらいの時間に電話がかかってくる時は、たいてい夕飯のおねだりだ。付き合ってそこそこ経っているけれど、それぞれ住まいは別にあるから、仕事で遅くなる時以外は極力自炊をする私に合わせて、雨彦さんはたまにこうして夕飯を食べにきてくれる。……ここだけの話、雨彦さんにご飯を作るようになってから、和食のレパートリーが格段に増えたことは内緒だ。
『お前さんに任せるさ。トマトはどうするつもりだったんだい?』
「そうですね、そのままでもおいしいですがここはひとつ、胡麻和えで」
『胡麻和え? トマトをかい?』
「ええ、おいしいですよ。コクがプラスされて、さっぱりしていて」
てっきりもっと洋風の何かが出てくるのかと思ったぜ、と興味津々といった様子の雨彦さんの声音は、うきうきしているように聞こえる。語尾に音符のマークでもついていそうだ。食いしん坊、というわけではないけれど、雨彦さんは私の作る料理をもりもりたくさん食べてくれる。きっと結婚したら、毎日こんな風に、なんて考えて一人で赤くなることもあったけれど、でも多分、そんな雰囲気にはなると思う。雨彦さんと過ごす残りの人生に思いを馳せながら、私は電話を続けた。
「あとは、先日雨彦さんがおいしそう、とおっしゃっていた鶏ささ身の香味焼きを」
『ああ、あれか! 楽しみにしてたんだぜ。仕事が片付き次第お前さんの家にお邪魔しよう』
これもう決定的に、語尾に音符のマークがついている。弾む雨彦さんの声に思わず笑い出した私に、少し恥ずかしそうな雨彦さんが、笑うなよ、と電話口で文句を垂れている。
『俺は、お前さんの飯が存外好きらしい』
「そう言っていただけると、腕のふるい甲斐がありますね」
『お前さんの飯なら一生食い続けていられるな』
「う、あ、え?」
『……なんて、電話で言うようなことでもなかったな』
今度きちんと、筋を通して話をさせてもらうさ。そんな含みのある言い方をして、雨彦さんは仕事に戻ると言って電話を切る。……今のは、いわゆる。プロポーズ予告、のようなものでは、ないのだろうか?トクトクと鳴る胸の奥、私の期待は膨らんで、ふわりと浮かんで色づくようだ。色づく期待に浮かされた足でふわふわと、私は精肉コーナーで鶏ささみをカゴに入れて、雨彦さんの言葉を思い出す。
――筋を、通して。
今日ちゃんと、おいしいご飯を作れるだろうか?浮ついた気持ちのまま、私はいそいそと会計を済ませて家へと向かう。ドキドキと期待はまだ、胸の中いっぱいに広がったままだった。