@toasdm
「そーら、パパだぞー」
優しさの弾ける音がするような、そんな笑顔で雨彦さんは赤ちゃんを抱き上げて、高い高いをしている。靴くらい脱いでください、と言う私に、渋々赤ちゃんを渡してブーツを脱いだ雨彦さんは、ほら、とまた腕を広げて赤ちゃんを抱き上げようとする。
「まずは手洗いです」
「はぁ……お前さんのママは厳しいなぁ?」
さっき抱っこしたから一緒だろう、とぶつくさ文句を言いながらも素直に手を洗う雨彦さんに、小さな小さな手を伸ばして赤ちゃんが、あぅあぅ、と雨彦さんを呼んでいる。丁寧に手を洗ってタオルでざっと拭きあげて、雨彦さんはまあるいほっぺに両手を添えて、目を糸のように細めてただいま、と笑う。
「なあ、今パパって言わなかったかい?」
「ふふふ、まだはっきりとは発音してませんけど、でも」
あぅあぅ、とさっきと同じように喃語で呼んで、赤ちゃんは雨彦さんに抱き上げられてキャッキャと声を立てて笑っている。幸せの色と形が浮き彫りにされたような光景に、私の胸が柔らかい温もりで満たされていく。
「でも、きっと、パパ、って呼んでるんだと、思います」
「ははは、そうか、よしよし、パパが高い高いしてやろう」
よっ、と脇を抱えて、雨彦さんはふわりと赤ちゃんを持ち上げる。高い高ーい、の声はどこまでも優しくて、頼もしくて、幸せそうに聞こえるし、見える。きゃこきゃこと両手足をばたつかせながら喜ぶ赤ちゃんと似たような顔で笑う雨彦さんが、本当に、本当に幸せそうで。きっと、こんなただいまをしている家が、世界中に溢れているんだろう、と思うだけで私は涙が出そうなほどに嬉しくなる。
「この子、本当に雨彦さんの高い高いが好きなんですね」
「ん? ああ、そりゃそうだろう、俺の高い高いは本気で高いからな」
高さの問題なんですか?と思わず笑った私の頭にぽん、と手を乗せて、片手で赤ちゃんを抱っこした雨彦さんが、お前さんもしてやろうか?とからかうような顔を見せる。
「いらないですー、私がされたら天井に頭ぶつけますから」
「そうかい? 遠慮するなよ」
「ねー、パパ冗談ばっかりだねー」
同意を求めて柔らかいほっぺたをつん、とつつくと、雨彦さんの腕の中の赤ちゃんが腕をぱたぱた振り回して、雨彦さんの顔を掠めそうになる。おっと、とそれを交わしながら雨彦さんは、私のほっぺたを赤ちゃんの手で、ちょんちょん、とつついてくる。
「ほれ、お前さんもママにお返しだ」
「ふふ、もう……」
「パパとママ、か」
ふっ、とため息をついて、雨彦さんは幸せをかみ締めるように呟く。パパとママ。夫婦になって、赤ちゃんを授かって、家族になってもうすぐ一年。相変わらずアイドルとプロデューサーという社会的ポジションは変わらないけど、家に帰れば私達はパパとママだ。こそばゆいようなありがたいような、そんな気持ちで私も同じように呟いてみる。
「パパと、ママです」
「ああ、そうだな」
腕の中の赤ちゃんの背中をトントンとやりながら、雨彦さんは私のほっぺたにそっと唇を触れさせる。ただいまのキスがまだだったな、と照れくさそうに笑いながら雨彦さんは、いつもお疲れさん、と赤ちゃんの背中を優しく叩いていた方の手で私を抱き寄せてくれた。
「慣れない子育てで大変だろう?」
「大変ですけど、雨彦さんもいますから、大丈夫ですよ」
そうかい、と笑う声もまた優しくて幸せそうで、ため息すらも甘やかだ。俺も一緒さ、と本当に、心底幸せそうな雨彦さんが、私を見つめて言う。
「もう、どこからどう見たって、お前さんは立派なママだと思うぜ」
「……雨彦さんも、どこからどう見ても立派なパパです」
「はは、そうだな。……お前さんは母であり妻であり」
もう一度、今度はさっきよりも少しだけ長く、雨彦さんの幸せな唇が私のほっぺたに触れてくる。目を閉じて、私の髪にほっぺたをすりよせながら、愛おしさを体言してゆっくりと、雨彦さんが囁いた。
「生涯、俺の恋人さ」
愛しさで心がどうにかなってしまいそう――…。幸せで潤む目から零れた嬉し涙を拭いながら、私は雨彦さんの腕に抱きついた。
「ふふっ、じゃあ雨彦さんも、ずっと私の恋人で、いてくださいね?」
そう思ってもらえるように善処するさ、と笑う雨彦さんの腕の中、いつの間にか眠ってしまった赤ちゃんと私を優しく揺さぶるように、雨彦さんは体を揺らしてそう言った。同じ顔が三つ並んだ家の中、ただただ幸せがそこにあるだけの毎日が、今日も明日もその先もずっと、続いていくことを願って私は目を閉じた。
「雨彦さん、私、幸せです」