「……っふ、はは、ははははっ!」
疲れてイラって自棄酒キメこんだ雨彦さんが、Pさんという存在そのものに救われたような気持ちになるお話です。すけべじゃないアダルティの追求。
@toasdm
つまらない汚れにハラをたてるようなことなんざとんとなかったが、あまりにもあまりな汚れに辟易として俺は、久方ぶりに自棄酒なんてものを買い込んだ。安っぽいコンビニ袋に安っぽい酒、味なんざこの際どうだっていい。ただただ飲んで忘れちまいたかった、なんて言ったら、プロデューサーは目を三角にして言うんだろう。葛之葉さん、自分の体を大事にしてください!なんてな。想像しただけで笑えちまうから困るのさ、自分の安上がりっぷりにな。まあ、そんなことは今はどうだっていい。今もハラの奥で渦巻くどす黒い汚れの残滓は、とっとと安酒で流すに限る。鍵を開けて、閉まるに任せたドアの軋むギィィ、という音に顔を顰めて、ブーツを脱ぎ散らかして部屋に戻る。しんと静まり返った室内に響く自分の足音すらも今はうるさい。は、と吐き出した呼気にすら淀みが見えるようで反吐が出る。苛立ち紛れにベッドにスマートフォンを放り投げて、買い込んできた酒とつまみを袋から出してテーブルへ。グラスにあけもせず、開栓したウィスキーをらっぱで呷れば、ツンと尖ったアルコール臭だけが喉と鼻の奥を灼いて臓腑に落ちる。カッと熱くなるだけで、うまみも感嘆もない。
「……ああ、それでいいさ」
独り言をまた、ボトルから直接流し込んだウィスキーで洗う。一口呷って流し込む毎に、自棄酒の苦い味が汚れを押し出してどこかへやっちまってくれるような、気がしてたんだがな……。
「不味いだけ、か……」
乾燥した時間と乾燥した笑いに、つまみのパッケージを開ける気力すら失せていく。床に大の字に転がれば、目に映る天井すら憎たらしい。……掃除の仕事も、嫌いじゃないんだがな。どうにも今日は、日が悪かったらしい。こんな日もあるさと流そうとする自分と、いっそ一思いにキレちまえばいい、と唆してくる自分。苛立ちを乗せた拳を床にダン、と振り下ろせば、かろうじてベッドの端にひっかかっていたスマートフォンが振動で床に落ちて、画面を一瞬ONにする。
「ん?」
こんな夜更けに、俺に連絡を寄越すような奴がいたか?酒の回った頭と視界、一瞬のことでよくは確認できなかったが、画面には確か、不在着信あり、の表示がちらっと見えた気がしたんだが……。のろのろと実に緩慢な動作で薄っぺらいそいつを手繰り寄せて電源を入れる。不在着信、一。スワイプ、タップ。俺は息をのんだ。
「……は、はは」
こんな状態で掛けなおせば、お前さんはきっと、怒るんだろうな。しっかりしてください、なんてな。だが恐らくは、掛けなおさなければ掛けなおさないで、連絡はできるだけ取れるようにしておいてください、なんて怒るんだろう。どっちみち俺は怒られる運命、ってわけか。だったら、と俺の頭はそろばんを弾く。だったら俺は、掛けなおすしかないだろうさ。どうせなら、お前さんに相手してもらえる方がいい。着信履歴の不在通知から、そのまま通話を開始する。つい今しがたの連絡だ、どうせお前さんはすぐに出るだろう。俺はにやけた口にウィスキーをゆっくりと垂らす。
『もしもし、お疲れ様です』
「あぁ、お疲れさん……どうした?」
『…葛之葉さんこそどうしたんですか』
――ほら、おいでなすった。ほんのり怒りを孕んだ声に、俺はさらに口元をにやにやと歪める。いいぜ、いくらでも叱ってやってくれよ。安酒、自棄酒、一人酒。お前さんが相手してくれるってんなら、少なくとも一番最後だけはなんとかなりそうだ。
『すごくお疲れじゃないですか、電話なんかいいですから休んでください』
「……っふ、はは、ははははっ!」
何笑ってるんですか、ときたかい。お前さん、お人よしが過ぎるんじゃないのかい?用があったんじゃなかったのかい、と話を続けようとする俺に、いいから休んで!と電話を切ろうとする優しさが、すっと俺の中に溜まった汚れを、羽箒で撫でるように払っていく。……ああ、お前さんはそういう奴さ。そういう奴だったな。
「お前さん、今時間はあるかい?」
『へっ?! あ、もしかして葛之葉さん、飲んでるんですか!?』
深酒はだめですよ、と目を三角にしたような声がして、俺はまたカラカラと笑う。笑ってないで寝てください、と叱るお前さんを引き止めながら、俺はグラスに氷を入れてゆっくりウィスキーを注いだ。トクトク、という柔らかな音が電話越しにも聞こえたんだろう、葛之葉さん、と叫ぶように叱る声がする。
『もう……何を飲んでるんですか?』
「ああ、安酒さ。自棄酒のつもりで買ってみたんだが、お前さんが相手をしてくれるってんなら」
素性の悪い安酒の、これが限度かとまた苦笑して、流し込んだ酒はさっきよりはまだマシだ。つまみのパッケージをあけて、スモークチーズを一口かじりながら俺はほぅ、とため息をついた。
「自棄酒には、ならずに済みそうだぜ?」
ため息には淀みはなく、ふわっと香るアルコールとスモークの芳香が乗っているだけだった。