@toasdm
一緒に暮らそう、と圭さんは、まるでそれがさも自然であるかのような言い方で、強いて言うなら、買い物でも行こうか、みたいな、そんな言い方で、私は思わず聞き返してしまった。
「……え?」
「うん?」
「一緒に、って、私と、圭さんが、ですか?」
「うん。他に誰かいる?」
違うの、そうじゃない、そうじゃなくて。あまりにも突然過ぎて、ちょっと頭が追いつかないだけ。午後のカフェ、日当たりのいい窓際の席で、私は一人混乱を極める。読めない、何考えてるのかわからない。紅茶を一口すすってクッキーをつまんで、圭さんは、こちらを見て小首を傾げている。
「いつも一緒にいたいから、だったら一緒に住むのが一番、確実だよね?」
合理的、なんだろうか。別に一緒に住むのは、いやじゃないというか、嬉しい、けれど……。ついさっきまで、そんな素振りなんて一切なかったから、驚きしかない。いやそれよりも、いつも一緒にいたい、とか……。音楽以外の何かに強いこだわりのないイメージの圭さんから、そんな風に言われて、ああそうだ、これ、多分圭さんっぽくなくて私、本気でびっくりしてるんだ。
「ええと」
「僕と暮らすの、嫌?」
「違います違います! 嬉しい、ですけど……びっくり、してしまって」
「ふふ、よかった。嫌じゃ、ないんだよね?」
頷く私の目の前で、圭さんはポケットからスッと、鍵のついたト音記号のキーホルダーを出してテーブルにそれを置く。
「え、あの……?」
何かあったときのために、と圭さんは、付き合い始めて割とすぐに、圭さんの部屋の合鍵を私に預けてくれた。確かその時も、こんな風に突然だったと記憶している。これは、二つ目の鍵……?
「新居、もう用意してあるから」
「はっ?!」
今なんて言ったの?!新居?!新居って、何?!ますます話の飲み込めない私を見て、くすくすと笑う圭さんは、鍵を私の手の中に握らせて、その上からそっと手を重ねて優しく包んでにっこりと笑う。
「家具も全部用意してあるよ。僕の趣味だけど、きっと君も、気に入ってくれると思う」
「え、っと?」
「一緒に選びたかった?」
「い、や、あの、そうじゃなく」
「キッチンはお嫁さんの領域だから、キッチンは君の好きにしていいよ、家電もそうだね」
これから行こうか?と提案してくる圭さんに、言いたい事があります。
今、さらっと、お嫁さんって、言いましたか?!
「あ」
まだ何があるというのか、身構えるしかない私の手を取って、圭さんはまた胸ポケットに手を入れて、今度は……今度、は…………。
「忘れてた、ね。こっち」
「あの」
「うん?」
今度は、シンプルな、指輪が、私の左手の薬指に。サイズ、ぴったりで。よく似合うね、って、笑って。だから、つまり、これは。
「プロポーズが、先だったよね。……一緒に暮らそう。これからも、僕の隣にずっといてほしいから。ね?」
順番違うとか急すぎるとかそんなことはなんだかもうどうだっていい。愛してるよ、僕のお嫁さんになって、の微笑みが、薬指に宿る愛情が、圭さんが、私に。私を、お嫁さんに……?
「……あれ、聞こえなかった?」
「き、こえて、ます」
「嫌だった?」
「嬉しいです」
「ねえ」
「はい」
薬指にはまったばかりの指輪を、細くてしなやかな指先でそっと慈しむように撫でて、圭さんは私を真っ直ぐに見つめてもう一度。
「愛してる、僕のお嫁さんになってくれるよね?」
「……はい」
きっと、これからも、こんな風に圭さんは、思いついたみたいに私を、ずっと幸せにしてくれるんだと、思った。突然驚かされても動じない、のは、多分、もう絶対無理だけど。先に新居を用意して指輪まで用意して、変なところに一生懸命になるような、そんな人を相手にそれは、無理だと思うし。
「ふふ、よかった。じゃあ、ええと……あ」
「ま、まだ、なにかあるんですか?!」
「うん、ウェディングドレス選びに行くの、予約の時間、過ぎてる」
「予約?!」
走れる?と伝票を掴んで立ち上がる圭さんに手を引かれて、私は思うのだ。やっぱり読めない!と。
「圭さんこれ、私が絶対断らないの前提で話進めてませんでしたか?!」
さっきよりも随分と幸せそうに見える街並み、手を繋いで走りながら私は圭さんに叫んだ。
「うん、そうだね。ふふ、自信あったから、ね」
逃がさないよ、と繋いだ手に力を込められて私は、呆れて惚れて観念した。息を切らせて私達は走り抜けて、ウェディングドレスの並ぶショーウィンドウの眩いドアに駆け込んだ。
「遅くなりました、予約、していた、都築です」
圭さんの横顔は、キラキラと輝いていた。