「まずはお手元の資料をご覧ください」
クッソ真面目な顔してボケてきたかと思ったら全力で王道プロポーズとかぶちかます硲先生のお話です。
@toasdm
分厚い書類の束を抱えた道夫さんが、会議室のホワイトボードの前に立っている。呼び出された私は促されて席に着く。眼鏡のブリッジを中指で上げる仕草が好き、と気付いた時から随分と経っている。狭い会議室の中、私の大好きな道夫さんの声が朗々と響き渡った。
「本日はお忙しい中、当社製品のプレゼンテーション会議にご参加いただきましてありがとうございます」
「待って」
「む?」
ギャグ漫画かお笑いのように、私は肩をガクンとさせて思わずツッコミを入れてしまった。ツッコミどころが多すぎて、どこからつっこんでいいのかわからないけれど。
「当社製品ってなんですか」
「我が315プロダクションの主力商品、S.E.Mシリーズの二号、硲道夫のことだ」
大真面目な顔でボケないでほしい、というのが本音だ。というかいつから道夫さんはプロダクションの企画代表みたいなポジションになった――あ、これツッコミが追いつかないやつだ。大真面目な顔はしているけれども、道夫さんの口元はよくみると、ニヤッと笑っている。続けても?と笑う道夫さんに観念して、私はどうぞ、と答えた。
「まずはお手元の資料をご覧ください」
「……?!」
会議机の上に置かれた資料にはでかでかと【硲道夫の魅力について】と書かれている。そんなの、私が一番よく知っているというのに、これをわざわざ自分で用意したのかと思うと、お腹の底から笑いがこみ上げてきてしまう。肩を震わせながらホワイトボードを見てみると、そこにも【硲道夫の有用性】とか【安定感=永続性】なんて書いてあって、よく見ると道夫さんの肩もプルプルと震えているようだ。笑いを堪えながらおかしなプレゼンテーションは始まった。
「お手元の資料に列挙したとおり、硲道夫はプロデューサーを心の底から愛しています」
「…………」
魅力について、なんて書かれているから笑ってしまっていたけれど、表紙をめくってみたらそこには、A4サイズの紙にびっしりと、道夫さんが私を好きだと思うところが書かれていた。それも、5枚に渡って。読みながら一気に顔が赤くなるのが自分でもわかって、私はその、『守ってあげたくなるところ』や『寝る前に甘えてくるところ』『仕事に一生懸命なところ』と書いてある資料で顔を扇いだ。これは、これは相当恥ずかしい。道夫さんは続ける。
「この愛情をエビデンスとした関係は」
今度はホワイトボードに書かれた【安定感=永続性】の部分を赤のマジックで大きく丸く囲んで、トントン、とそこを指し示しながら私の方を見てはっきりと言う。
「安定感がある、つまり永続性があると言い換えることができる。君に対する私の愛は生涯変わらないと約束しよう」
いつの間にか普段の口調に戻っている道夫さんは、今度は手元の資料2を見て欲しい、と促してくる。資料2、とだけ書かれた一枚の紙、何も書いてない、と裏返してみるとそこには見慣れた道夫さんの、手書きの文字が真ん中に、書いてあるだけだった。
結婚しよう。
私は思わず口元を押さえて息をのんだ。いつの間にかホワイトボードの前から私の隣に来ていた道夫さんが、片膝を床について跪き、これまたいつの間にか、どこから出したのか、濃紺のベルベットの――…。
「その、あの」
指輪の、ケースを。ぱかっ、とあけて、私に差し出している。
「……君を、生涯愛し続けると誓おう。私を選んでくれ」
これは、確かプレゼンテーション会議では、なかっただろうか。いつになく真剣で大真面目な顔をしてボケ倒す道夫さんの、プレゼンテーション会議では、なかったんだろうか。
「……」
見つめられるだけで心臓が止まりそうなほど真剣な道夫さんの顔を、まっすぐ見つめ返しながら私は、混乱した頭で何も言えないまま、黙って左手を差し出した。目を見開いて、それからほっとしたような顔で、ケースからプラチナのリングを取り出して、私の手を取る。細かく震える道夫さんの指がリングを震わせて、道夫さん、と呼びかけた私の声に、ハッ、と上げたその顔は、赤くなっていて、硬直している。
「道夫さん、呼吸はしてください」
「…………すまない、こういうことは、不慣れで」
「ふふっ、慣れてる人なんてどこにもいませんよ」
それもそうだろうな、とフッと笑った道夫さんは私の薬指にリングを通す。そのまま手を引き、甲にキスをした道夫さんは目を細めて跪いたまま、私を見上げている。
「結婚しよう」
「……はい」
滑稽な会議室のホワイトボードと資料に囲まれて、立ち上がった道夫さんに抱きしめられて。多分、今、世界中の会議室にいる人間の中で、私以上に幸せな人は、存在しないと思う。私の次に幸せな人は、きっと、道夫さんだとも、思う。
耳元で聞いた、嬉しそうな『愛している』が、そのエビデンスになっていると、思うから。