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[雨P♀]銀糸の雨のプロポーズ

全体公開 1 2462文字
2018-06-03 23:52:33

「お前さん、俺の伴侶になるつもりはあるかい?」

雰囲気のいい隠れ家お宿にPさんを連れ込んで落ち込んだ気持ちを優しく包みながら、少し弱気なプロポーズをする雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

 しっとりと細く降る銀糸のような雨が、窓の外、植え込みの紫陽花の葉に当たって弾けて葉先から、地面に落ちる。水色と、紫と、薄桃色のグラデーションが丸く象った花塊は、六月の雨で艶の露を湛えて銀の縁取りでそれを飾っている。疲れた表情で、どこか遠くへ行きたいです、と自分の胸の中でさめざめと泣いていた彼女を車に乗せ、雨彦が彼女を連れ込んだのは、都心から離れたところにある、ひっそりとした和風離れ宿だ。
 温泉があるというわけでもなく、観光地というわけでもない。ただ、雨彦が「葛之葉だ、今夜一部屋開けてくれ」と連絡しただけで用意されたそこは、一部のVIPしか知らないような特別感だけがある、そんな隠れ家のような宿だった。
 はじめは訝しんだ彼女ではあったが、紫陽花の咲き乱れる濡れた庭を広縁から眺めているうちに、疲れも取れたのだろう、その表情には徐々に落ち着きを取り戻しつつある。降りしきる雨音が彼女の憂いを押し流して、ほぅ、とため息を漏らすのを、雨彦は居室の座椅子に腰掛けてじっと眺めていた。
 「落ち着いたかい?」
 「はい……すみません、でした」
 構わないさ、と立ち上がった雨彦は広縁の鴨居を文字通りくぐり、床に直接座って窓の淵にもたれている彼女の背中を、抱きしめるようにして同じく床に座る。ん、と振り向いた彼女の額に唇を優しく押し当てて、雨彦も窓の外を眺める。なるほど、これは確かに落ち着きそうだ、と目を細めた雨彦の胸に後頭部を預けて、彼女は目を閉じた。
 「聞かないんですね」
 「ああ。聞いて欲しいってんなら、いくらでも聞いてやるが」
 そうじゃないんだろう、と雨彦は腕の中の彼女をぎゅっと抱きしめる。いい、と首を振る彼女に、プロデューサー、と呼びかけた雨彦の声は、雨よりも優しい。
 「お前さんが頑張っているのは、俺が一番よく知ってるぜ」
 「うん……
 ずっとそばで見てきたからな、と彼女の髪にまたその柔らかく優しい唇を触れて、雨彦はゆっくりと、深呼吸をする。胸いっぱいに彼女の香りを吸い込んで、雨彦は彼女の耳元に唇を寄せて囁いた。
 「お前さん」
 彼女は雨彦が、自分を呼ぶときのその声が好きだ。お前さん、と呼ばれるだけで心臓が、きゅっ、と音を立てるような気すらする。未だにときめくその声に、んっ、と漏れた声を笑われて少しむっとしながらも彼女は雨彦を振り向いた。
 「この宿の雰囲気はどうだい?」
 「ん……ええと、好きですね。落ち着きます。特別感があって」
 「そうかい……特別感、感じてくれたかい」
 はい、と答えながら彼女は首をひねる。雨彦さんは何を言いたいんだろう?と。はぁぁ、と普段より落ち着きなく吐き出された雨彦のため息に、ますます彼女は訝しんで、雨彦さん?と彼に向き直った。その表情、視線、顔の角度から色に至るまで、ずっと一緒にいた恋人である彼女が見たこともないような雨彦が、そこにいた。
 「雨彦さん……?」
 「ずっと考えてたんだがな」
 胡坐をかいて俯いて、彼女の手を両手で優しく包みながら雨彦が言う。ぽつり、ぽつりともれる言葉に彼女は瞬きをしながら思考を廻らせる。
 「お前さん、俺の伴侶になるつもりはあるかい?」
 「え……?」
 顔を上げた雨彦の目は真剣で、まっすぐ鋭く彼女を射抜く。どうなんだい?と彼女の手を包んでいる雨彦の手は震えている。左手を、その震える手にそっと重ねて握りこんで、彼女はこくりと一度だけ、頷いた。それを見止めた雨彦は、はぁぁぁぁ、と安堵のため息を吐きつくしてまた、俯いている。そのうち、くつくつと肩を揺らして喉奥から笑いを漏らし、それはやがて天井を向いた大笑いになる。雨彦さん、と呼びかける彼女の声にすら、待ってくれ、と答えて尚、雨彦はややしばらく笑い続けて、ようやっと落ち着いて、はぁ、と笑い混じりのため息をつく。
 「どうしたんですか、急に……
 「いや……っくく、ああ、緊張しすぎてな、それが抜けちまったら一気に、笑えてきた」
 彼女の手を取ったまま、雨彦は優しくそれを撫でてフッ、と息を吐く。
 「この宿は、俺にとっても特別なのさ。以前掃除の仕事で訪れた時に気に入っちまってな。――プロポーズなんてものをするんだったらこんな場所がいい、なんて、相手もいないのにそんな事を考えてたんだ。まあ、俺の小さな夢みたいなもんだったのさ」
 誰かを連れてくるのはお前さんが初めてだぜ、と笑う雨彦はポケットから無造作に、指輪を取り出して彼女の左手、薬指にそれをそっと通してそこにキスを落とした。
 「俺の夢を叶えてくれるのは生涯、お前さん一人だけでいい。――結婚、してくれるんだろう?」
 「待ってくださいどうして、指輪なんて」
 驚く彼女の指にキスをしながら見上げて、雨彦はニッと笑って言った。
 「言ったじゃないか、ずっと考えてた、ってな。落ち込んだお前さんをここで休ませてやろう、と思って連れてきたまではよかったんだが、そういやここは、俺がいつかプロポーズしたいと思った場所だってことを、ついさっき思い出してな」
 そしてそのまま彼女を抱き寄せて、雨音にかき消されそうなほどに小さな声で雨彦は白状した。
 「ずっと、この日を待ってたんだぜ……ポケットにこいつを忍ばせて、な」
 ただ抱きしめられるまま身動きもとれずに喜びに震える彼女の左手の薬指、最初からそこにあるべきだったとでもいうようにしっくりなじむ指輪をひと撫でして雨彦は宣言する。
 「幸せにする、お前さんを必ず幸せにする。頼むから結婚してくれ俺は、お前さんがいなければもう……生きていけそうにない」
 「……ここに指輪いただいて、NOなんて言いませんよ」
 雨音の中、微かに震えた雨彦の肩をそっと抱きしめて、彼女はそれを受け入れた。私でよかったら、の言葉に、お前さんがいい、と返す。どちらからともなく引き寄せられるように重なった唇から漏れる幸せそうな吐息と雨音だけが、静かな離れ宿の室内に響いていた。


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