@toasdm
鼻歌が聞こえる、と視線を彼女の方へ向けてみる。部屋の中にふわりと漂う甘く香ばしい匂い、確かおやつにパンケーキを焼く、と言っていたように記憶している。弾むような済んだ声、恐らくうまく焼けたのだろう。機嫌のいい彼女を眺めているだけで、私は日頃の疲れが癒されるように感じるのだ。緩む口元と頬に、自分がいかに彼女を愛しているのかを自覚しながら、私は立ち上がり彼女の歌うキッチンへと向かった。
「うまくできたのだろうか」
「あ、ふふ……はい、これから道夫さんの分を作るところです」
白いシンプルな皿の上、先に用意したのだと言う彼女の分のパンケーキは小さいながらも五段重ねられている。合間合間にクリームやいちごなどをはさんだ、小さなタワーとでも言うべきそれは、実に彼女らしく愛らしく、女性らしくてよいものだと思う。
「君と同じものではない、ということだな」
「はい!」
ニコニコしながら彼女は私の分のパンケーキを皿の上に置き、シンプルに五枚重ねる。溶かしたチョコレートを袋に詰めたものをかまえて、彼女はまだ鼻歌を歌いだした。
「♪棒ーが一本、あったとさー」
にゅ、とパンケーキの上に横線が一本引かれる。それを囲むように円弧を描き、それは横線の上下に現れた。
「♪葉っぱかな?」
「葉っぱじゃないよ、カエルだよ」
思わずつられて歌いだす私を見上げた顔が、悪戯を思いついた子供のように愛らしくて、急に歌いだしたことよりも、その……思った以上に、可愛らしいその顔に、私は顔が少し熱くなったのを感じた。
「♪カエルじゃないよ」
「アヒルだよ」
パンケーキの上に描かれるチョコレートブラウンの線が、よく知った絵描き歌にあわせてどんどん、像を結んでゆく。こんな歌を歌うのはいつ振りだろうか。いつの間にか彼女と同じように微笑んでいる自分は、恐らく、あまりにも幸せそうな表情をしていたのだろう。……君の、顔を見ればわかる。
「道夫さん、今日は?」
「む? ……なるほど」
キャラクターの腕の部分を描く君に合わせて、私は歌う。
「六月六日に雨ざあざあ」
「♪降ってないけど降ってきて」
彼女なりのアレンジに、私は吹き出す。彼女らしい、とでも言うべきだろうか。
「三角定規にひびが入っては困るな」
「容赦なく入れますー」
楽しそうな声が響くキッチンで、アンパン、豆、そしてがコッペパン描かれて
「♪あっという間に可愛いコックさん、はい道夫さん!」
「……フッ、君の方が」
チョコレートソースの袋を置いた手をそのまま取り、私は指先についたチョコレートを舐め取る。わずかばかり動いた眉と、潤む瞳をじっと見つめて私は言う。
「君の方が、よほど可愛いコックさんではないだろうか?」
……沈黙の後、弾ける笑い。幸せな歌うキッチンは、休日の午後を甘い香りと雰囲気で包んでいた。