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[雨彦]夏の日の、話

全体公開 2 1745文字
2018-06-09 12:37:38

雨彦さんのお国言葉練習。
ある夏の日、実家に帰った雨彦さんと親戚の子供たちとのお話です。
多分続きます。

Posted by @toasdm

 玄関のたたきに脱ぎ散らかした靴はどれも小さく、雨彦はその脇に揃えられている大人の靴の一番端に自分の靴を脱ぎ揃えて、ただいま、と声をかけて上がる。きゃいきゃいと騒ぎ立てる賑やかな子供の声に目を細めながら身を屈めて珠暖簾を潜り、広々とした本家の母屋の居間で待つ、見知った懐かしい顔に出迎えられてもう一度、ただいま、と言う。
 「相変わらずでかいなぁ」
 「抜かせや、学生の時分からずっとこうやろ」
 軽口のやりとりを交わす雨彦の長い足に、やかましく元気のいい子等が群がってきて、雨彦はそこで身動きを封じ込められた。口々に彦兄ぃ、彦兄ぃとまとわりついてくる子供達は皆、夏休みの開放感できらきらと瞳を輝かせて雨彦にぴょんぴょんと飛びつこうとする。その数、三匹。それぞれの頭をぐりぐりと順番に撫でてから、雨彦は困ったように笑って言った。
 「こらこら、動けないだろう」
 まあまあ、あんたら雨坊困らせたらあかんて、と上品に笑う姉の言葉にばつの悪そうな顔をしながら雨彦は、もう坊って年でもないんだがな、と子供達を引き剥がしながらなんとか座布団に腰を落ち着けた。
 「なんや、アイドルなんて華々しいことやりよるようやないの?」
 「おかげさんでな」
 葡萄色の紗織りの着物姿で冷たい麦茶を差し出す姉からそれを受け取って、雨彦は喉を潤しながら適当な返事をする。
 「うちらにしてみたら、あの寝小便垂れがあない持ち上げられて複雑やわぁ」
 「昔の話を蒸し返すなや
 居心地の悪さしかない昔話と盛夏の容赦ない暑さに辟易とする雨彦の背中には、親戚の子供達が次々と張り付いてくる。
 「彦兄ぃ、ブランコやってぇな!」
 「彦兄さん、折り紙しよー?」
 「彦兄ちゃんおんぶー!」
 元気のよさは男の子でも女の子でも変わらないな、と汗ばむ子供達がはしゃぐ様子に溜め息をついて、これを口実に、と雨彦は立ち上がり、居心地の悪い居間から逃げ出すように奥の間から縁側へと出る。
 「そら、お前さんがた、遊ぶならこっちで遊びな」
 うまいこと逃げよるなぁ、の笑い声を背中で聞き流した雨彦に続いて、子供達も縁側へと走る。胡座をかいて座り込んだそばから膝に一人、背中に二人。日陰になっていた板の間の冷たさなどあっという間に相殺されてしまうような容赦ない子供達の突撃に、暑い暑いと漏らしながら雨彦はそれを引き剥がし、大きくなったな、とそれぞれの顔をよく見て頭を撫でてやる。折り紙を手にした女の子がまた雨彦の膝に乗り、彦兄さん、折り紙ーとせがんでくる。背中には相変わらず、元気のいい男の子が二人、飛びついてじゃれついてへばりついている。しゃーないなぁ、と苦笑しながら雨彦は折り紙を一枚手に取って、縁側の床に身を屈めて折り紙を折り始めた。
 「彦兄ぃー落ちちゃうー!」
 「ああ、しっかり掴まってろよ」
 「おれは落ちないからー」
 「はは、頑張れ頑張れ」
 ぱたん、と返してすっと折り、また返しては折り返す。雨彦の手の中で一枚の折り紙が、あっという間に狐の形になっていく。
 「ほれ、狐さんだぜ」
 「わぁぁ……!彦兄さんありがとうー!」
 花が咲くようにぱっと笑顔を見せ、折り紙の狐を受け取ったおかっぱ頭が嬉しそうに揺れる。背中に張り付いた子供達は相変わらずしがみついていて、雨彦が身を起こしたところでようやく力尽きて畳の上に転がった。
 「あーー彦兄ぃに振り落とされたぁ!」
 「彦兄ちゃんもっと遊ぼうー!」
 畳から跳ね起きてさらにしがみつく悪餓鬼二匹を肩に担ぎ上げ、雨彦はすっくと立ち上がる。高ぇー!すげぇー!と騒ぐ子らを担いだまま、雨彦は折り紙で遊ぶおかっぱの子に声をかけてサンダルをひっかけ、縁側から庭へと降りる。
 「チビ共遊ばしてくるさかいに」
 「まあまあ、あんたらよお遊んでもろてええなぁ」
 ころころと笑う親戚連中の声に見送られて、雨彦は近所の公園へと子供を担いだまま歩き始めた。容赦なく降り注ぐ夏の盛りの太陽が、子供と雨彦の髪の毛にキラキラと、燐光のようなきらめきを纏わせている。両肩に子供、脇にも子供。俺は保育士かなんかかい、と苦笑しながら歩く雨彦の汗は、満足気に首筋を流れていった。
 夏の日の、話だ。


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