「……初恋の奴、とかも――来てたりするのかい……」
Pさんが同窓会に行くとのことで送っていったのはいいものの、ちょっとジェラっちゃったりする雨彦さんのお話です。
@toasdm
同窓会のお知らせに目を細めて、懐かしいと呟いていた彼女を車に乗せて、雨彦は大きなホテルのエントランスへとつけた。普段より少しだけ着飾って、化粧もいつもと少し違う、でもそれは、雨彦だからこそ気付くような些細な変化で、だからこそ、雨彦は複雑な思いを抱えていた。
「何時になってもいい、連絡寄越せよ」
「でも、本当に何時になるか……」
「気にするな。俺が迎えに来たいだけさ」
「あんまり遅くならないようにしますね」
「ああ、好きなだけ羽を伸ばして来いよ」
自分の為にあんな風に、彼女は着飾ってくれるだろうか。着飾った方が好きとは微塵も思わないが、自分以外の誰かの為に彼女が何か特別なことをするというのは、正直言って面白くはない。心なしかうきうきとした足取りで会場へ向かうプロデューサーの背中を、雨彦はやはり、複雑な表情で見送った。
昔なじみとの再会は、日々の中でいい気分転換にはなるだろう。誰それが結婚しただとか子供が何人いるだとか、昇進がどうとか親がこうとか。そんな近況報告から始まって、昔話に花が咲く。
「昔話、な……」
ハンドルを握る手にぐっと力を込めて、雨彦は胸に去来する思いを堪えた。今の彼女を形成してきた思い出の断片をいくつか聞いたことはあるものの、雨彦は、彼女の過去の全てを知っているとは言えない。それはお互い様だろう、と見て見ぬふりをして、大人ぶって、気にしないように努めてきたものの、いざこうして目の前にチラつかせられると、どうしても気になってしまうのが人情というもので。
「……初恋の奴、とかも――来てたりするのかい……」
口に出してしまうと、それは想像した以上に雨彦の胸をざらつかせた。あんな別嬪さん、誰かが放って置くわけもない。実は昔好きだったんですよ、だとか、あの時言えなかった気持ち今なら、とか……。昔話に咲いた花がぽろりと花粉を散らし飛ばして、染みにでもなったらかなわないぜ、と沈む気持ちが胸を重くして、雨彦は知らずため息をついていた。家でゆっくり待っていればいいというのに、まんじりともしない気持ちのまま雨彦は街路を無闇に流していた。そして、気がつけば、日はとっぷりと暮れて、時刻は間もなく、今日が昨日になる頃合だ。
「……随分遅いじゃないか」
コンビニの駐車場に車を止めて、眠気覚ましにと買ったコーヒーをすすりながら、雨彦は時計をちらりと確認する。スマホには連絡の来る気配すらない。何度か、メッセージを送ってやろうかとアプリを起動してみたりもしたが、ゆっくりしてこい、と送り出した手前それもどうかとたたらを踏んだ。じりつく気持ちを無理やりコーヒーで流し込み、自分らしくない、と苦笑しながら雨彦は、手持ち無沙汰に車の中を片付けた。
いくつかのゴミとCDをまとめて、後はそれだけで終わってしまうほどに片付いている車の中で、とうとう雨彦は何もかもを持て余した。
「はは……こりゃ相当だな、俺も……」
自嘲の苦さはコーヒーのせいにして、車を降りてコンビニのゴミ箱にゴミを捨てに行くか、と車から降りた瞬間、雨彦のスマホがブルブル、とメッセージの着信を告げる。腰でドアを押し付けて閉めて、雨彦はメッセージを確認した。
「まだ起きてますか?」
ほ、と安堵の吐息を漏らして、雨彦は空を仰いだ。……ああ、起きてるさ。お前さんが気になってな、眠れるわけもなかったぜ。ニヤリとゆがんだ口元を押さえながら、雨彦はメッセージを返した。
「起きてるぜ。言っただろう、何時でもいいってな」
お前さんの過去を知る奴らは、今のお前さんを知らない。これからのお前さんも、知らない部分が多くなるだろう。次会うときにはもしかしたら、お前さんの過去を知る奴らが初めて見聞きする苗字になっているかもしれないぜ、とたくらみを企てて、雨彦はゴミ箱にゴミを捨てた。メッセージではなく今度は通話の着信が、雨彦のスマホを震わせた。
「もっとゆっくりしてきてもよかったんだぜ?」
どうせ、俺のところへ帰ってくるんだからな――…。先ほどまでのじりつく気持ちは、もうどこにもなかった。