「女性の君でも違和感なく使える色にしてある、さあ、濡れてしまってはいけない」
天気予報どおりの雨、用意周到なはざませんせに手渡された折りたたみ傘に複雑な気持ちを抱えるPさんのお話です。
@toasdm
今日は雨になるらしい、と道夫さんと見上げた空はすっきりと晴れていて、天気予報はあてにならないらしいですから、と笑う私の手を取って、油断は禁物だ、と道夫さんも笑った。久しぶりのオフの日、ヘアスタイルと眼鏡を変えてそこはかとなく変装した道夫さんとデートをしながら、私は浮かれた気持ちを繋いで絡めた指に込めた。幸いなことに誰かに見咎められるようなこともなく、お昼も軽く済ませた午後の空には、急にさぁっと暗雲が垂れ込め始めた。
「降りそうだな」
「天気予報すごい……」
見る見るうちに暗くなり、お日様は雲の向こう側へと隠れて空気が、風が湿って重くなる。そのうちに、ぽつ、ぽつ、と上空から零れてきた雨粒が地面に黒の染みをつけて、私と道夫さんの肩も濡れ始めた。
「使うといい」
サッとスマートに差し出されたのは、紺色の折り畳み傘。道夫さんの分は?と聞き返せば、問題ない、とかばんからもうひとつ取り出して、道夫さんは傘を広げた。
「女性の君でも違和感なく使える色にしてある、さあ、濡れてしまってはいけない」
「う、うん……」
本当は、ひとつの傘に一緒に入りたかったな――…なんて、言ったら道夫さん、呆れるかな。私の大好きな笑顔で、君はしょうがないな、なんて言って、肩を抱き寄せてくれたりするだろうか。本降りになる前にどこかへ避難しよう、と歩く道夫さんの隣で私は、そんなことを考えた。
ついさっきまで繋いでいた手は、まだ道夫さんの温もりと優しさを覚えているようで、すぅっと撫でる雨と風の冷たさに切なくなる。ちょうど傘で隠れるから、道夫さんの声は隣にいるのに少し遠くて、顔もあんまり見えない。こんなにそばにいるのにどうして寂しくなっちゃうんだろう、とため息をついた私の隣で、道夫さんは困ったように笑っている。
「……今度からは」
「え?」
雨音にかき消されてしまいそうなほどに小さな動揺と苦笑とが、傘の向こうから聞こえてくる。少し傾げて道夫さんを見上げてみると、穏やかな優しさを湛えた瞳が、じっとこちらを見ている。
「今度からは、大きな傘を一本だけ、持ち歩くことにしよう」
君と一緒にいるときは――…。そう言って、恥ずかしそうに視線をそらした道夫さんは、きっと、私の気持ちを何も言わなくてもわかってくれた、んだと、思う。
「……そうしてください」
つられて恥ずかしくなった私がそう答えれば、柄を握る私の両手の上にそっと、道夫さんの温かい手が触れて重なる。優しくくすぐるように右手の指をそこからはがして、道夫さんは私の傘の中で私の手を握って、つないでいてくれる。
「今は、これで我慢してほしい」
我慢だなんて、そんなこと――…。
道夫さんの優しい気持ちが、雨の中、袖の真ん中あたりだけを濡らして色を暗くしている。
「君が濡れてしまわないように、と思いやったつもりだったのだが」
「ふふふ……はい、わかってます」
ふと立ち止まってあたりを見回した道夫さんは、よし、と小さく呟いて、こちらへ、と私の手を引き寄せる。何?と思ったその一瞬。
「……今ならオプションで、キスもつけよう」
同じ紺色の傘の下、濡れた袖と二本の傘に込められた道夫さんの優しい気持ちが、私の唇に冷めない熱を宿して離れた。我慢できるな?と笑う道夫さんにまた手をつながれて、私はその手を二人の傘の間まで移動させた。
「どうせなら傘だけじゃなくて、濡れるのもお揃いにしましょう?」
「む……では、早く避難先を見つけなければならないな」
雨がどんなに冷たく降っても、繋いだ手の温かさには敵わないみたいで。ああ、この人となら、濡れても冷えても構わないな、と幸せをかみ締めて私は、借りた傘の柄をぎゅっと握り締めた。間もなく雨は、本降りになりそうな気配だった。